スパゲッティ・ナポリタンはお好きですか。喫茶店や惣菜店になくてはならないこの料理を、私の夫は「許せない」と言います。ナポリタン味の要であるケチャップは、アメリカ人である夫にとってはフライドポテト(アメリカ人は「フレンチフライ」と呼びますが)に添えるディップソース。それくらい特徴の際立ったソースを味つけに使うのは、ケチャップとスパゲッティ麺に対する冒涜だというのです。たとえるなら、お好み焼きソースでお蕎麦を和えるようなものとでもいえばいいでしょうか。お好み焼きソースはお好み焼きのためだけに調合されたものであり、蕎麦にも蕎麦つゆという完璧なお供がいる。にもかかわらず出合ってはいけない二者を混ぜ合わせるなんて、幸福な結末を呼ぶわけがないだろうと。
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「苦手」でも「キライ」でもなく「許せない」というカテゴリーに入れられてしまったスパゲッティ・ナポリタンが、わがやの食卓にのぼることは一度たりともありませんでした。ナポリタンという料理が存在することすら、私はずっと忘れていました。思い出したのは、この夏のこと。夏休み中に自分の父親と一緒に食事へ出かけたとき、父がナポリタンを注文したのです。父が店員さんに「ナポリタン」と頼むまで、私はメニュー表にナポリタンの文字があることすら気づいていませんでした。視野には入っていたのかもしれませんが、ナポリタンの存在は目から脳に到達するまでの間に抹消されていたのです。
まもなく父の前に出されたのは、鉄板に載ったあつあつのナポリタン。思わず「おいしそう」という言葉が口をついて出ました。ほんわか上がる白い湯気の下で、黒い鉄板に映える鮮やかな赤は、紛れもないケチャップ色。鼻孔をくすぐる甘酸っぱさも、ケチャップ香。この日初めて私は、自分がスパゲッティ・ナポリタンをとても好きだったことに気づいたのです。
結婚した当初は、夫の食習慣になじむのが楽しくて仕方ありませんでした。チョコレートチップクッキーは牛乳に浸して食べるとおいしいとか、タバスコソースは赤色と緑色で用途が違うとか、夫が小さい頃から蓄えてきた知識を吸収するのは、まるで他人の人生をひとっ飛びになぞるような面白さがありました。加えて私の場合、それが「配偶者の人生を追体験する」以上に「アメリカの食文化を知る」という意味を持ち、気づけばどんどん夫の食習慣に染まっていきました。