「病院のシステムから信号機、さらにお風呂に入ったり銀行でお金を下ろしたりと、今私たちの生活のほとんどがコンピューターで動いています。一見コンピューターと無縁に見える農業や漁業も、センサーを使って生育状況や魚群を探知している。ありとあらゆるものがプログラミングで動く時代に、その原理原則を学ぶのは大切なこと。読み書きプログラミングの時代、新たな基礎教養となっていくのではないでしょうか」
■習うより慣れろが基本
千葉大学教育学部附属小学校は情報教育の旗艦校として、19年度に文科省から「情報教育推進校」に指定された。コロナ禍により、今年の2月27日に全国の小中高に休校の要請が出されたが、同校は翌日に全児童のアカウントを発行し、3月2日にはいち早くオンライン授業を開始した。その一連の流れをまとめ、『オンライン学習でできること、できないこと』という本を出版した。ICT教育の主任を務める小池翔太教諭は、総合の時間などを利用し、担任と連携してプログラミング教育に取り組んでいる。
「コンピューターはあくまでも学びの手段です。まずは、習うより慣れろが基本。子どもたちが主体的に楽しく、コンピューターのスキルを身につけられるように工夫しています」(小池教諭)
3年生の授業を見学した。ローマ字を習い始める時期に合わせて、「LINE entry」のタイピングゲームを使い、アルファベットとキーボードの配置を覚える。
「スマホはタッチで操作できるため、タイピングができない子どもが増えています。タイピングは将来、論文を書くときなどに必須のスキルです」(小池教諭)
最初に小池教諭が操作し、電子黒板でやり方の見本を示す。ソフトは設定を変えられるようになっており、子どもたちは画面に流れる文字の速度を変えたり、点数を倍にアレンジしたりして、全員が小池教諭の得点を軽くクリアした。小池教諭は児童の「先生に勝てたけど、なんだかつまらない」というつぶやきを拾って、語りかけた。
「ただ点数を高くすれば楽しいというわけではないよね。ゲームを作る人は、どうすればみんなが楽しめるか、いろいろと工夫しているんだよ」
■社会貢献の気持ち育む
この授業で児童は、プログラミングとは「コンピューターに命令して、思い通りに動かすこと」という概念を学ぶ。高学年になると、課題解決の手段としてプログラミングを採り入れる。5年生は地元の商店街をリサーチし、店主の悩みや困っていることを聞き出し、プログラミングで応えている。たとえば飲食店では人が通ったらブザーが鳴るシステムや、招き猫が人の動きに反応して動くようプログラミングした。
「子どもたちはお店の人に感謝されることで、自己肯定感が生まれます。それが学びの意欲にもつながっている。プログラミングを通して課題に挑戦したり、社会に貢献したりしたいという気持ちを育てていきたい」(小池教諭)
とはいえ、日本は学校でのICT活用に関して後進国だ。18年の学習到達度調査(PISA)でも、授業でデジタル機器を使う時間は、経済協力開発機構(OECD)加盟国で最下位だった。追いつくことはできるのだろうか。前出の石戸さんは言う。
「文科省が全国の小学校に任意で募集したところ、全国津々浦々から本年実施した408件の授業案が上がってきました。コロナ禍の厳しい状況のなかで、これだけの事例が集まるのは大変なこと。子どもたちの創造性を喚起するようなすばらしい授業もあり、改めて日本の先生方は優秀だなと感じました。スタートは出遅れたかもしれませんが、良い授業を共有し、企業など民間の団体が協力していけば、日本がプログラミング大国になる可能性は十分あると思います」
小学校でのプログラミング必修化が、日本再生の鍵になるかもしれない。(ライター・柿崎明子)
※AERA 2020年11月30日号