「600室も売り出しながら、全体でならして2.57倍はすごい。いまどき、71倍とかありえないです。用地の払い下げ価格といい、業者は都とうまくやったとしか言いようがない。即日完売したかどうかは知らないが、彼らはむしろ、販売価格が安すぎたと思っているでしょう。普通は値上げするんでしょうけど、上げられない事情もあるはずです」

 今回の取材で意外だったのは、ママチャリや徒歩で抽選会場に訪れる人がかなりいたことだ。すでに晴海のタワーマンションに住んでいるにもかかわらず、販売抽選に来ているというから驚きだ。比較的若い高所得者である。晴海のタワマンからベビーカーを押して会場に来た女性は、

「子どもが2人いてタワマンは手狭になってきたので、晴海フラッグを狙っていました。この辺りは87平米でも1億円を超えるのが相場なので、だいぶお得です。マンションが増えて、開発が進むにつれてこのエリアは盛り上がっている。五輪でもっと盛り上がって、土地が値上がりするのを期待します」

 東京都は、この選手村マンションを五輪レガシーと位置付け、「誰もが憧れ、住みたいと思えるまち」にするという。しかし、そこには一部の富裕層や不動産投資家だけしか手が届かない現実がある。

 このマンションの申し込み会は8月6日から始まっているが、購入するには手付金としてマンション価格の1割を契約時に支払い、入居は2023年3月からと、住むのに3年半も待つ必要がある。多額の現金を寝かせて、別のマンションでゆっくりと待つ余裕のある人はそう多くない。待機中に転勤などがあるかもしれず、新居を探す人には気の遠すぎる話なのである。

 加えて管理費・修繕積立金が月額約4万~7万円かかるのも重くのしかかる。選手村マンションがシアタールームやキッチン付きのパーティールーム、カフェなど51の共用施設を併設し、敷地内に約750台の防犯カメラを備えているためだという。

 かくして、都有地の激安払い下げから始まった、「誰もが憧れるまち」づくりは、大半の都民にとって憧れのまま終わる、という見方が強いのである。

 これから年末にかけて、選手村マンションの第2期分譲が始まる。1期で抽選を外した少なからぬ人々が、2度目の抽選に挑むはずだ。“五輪競技並み”の激しい争奪戦が再び繰り返されるなか、祭りのあとに輝くはずだった都民の憧れは、いっそう手の届かないところへと進む。(ノンフィクション作家・清武英利、ライター・小野悠史、編集部・福井しほ)

AERA 2019年8月26日号より抜粋

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福井しほ

福井しほ

大阪生まれ、大阪育ち。

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