


地域アート祭の寵児である開発好明氏の個展をたずねた。スマホを使い非日常を体験する、がらんどうの空間が待っていた。
東京都心のとあるアートギャラリーのドアを開けると、自らのスマホを熱心に覗き込んでいる人々がいる。中には、液晶画面を見ながら噴き出している人もいる。だが、室内に作品らしき展示物は見当たらない。
この不思議な「個展」を開いたのはアーティストの開発好明氏。来場者は壁に印字された2センチメートル四方のQRコードを読み込むことで、クラウド上にアップされている映像作品にアクセスし、鑑賞する。
しかし、クラウド上の作品を鑑賞するために、なぜわざわざギャラリーに出かける必要があるのか? 開発氏が説明する。
「作品である映像はその場所(ギャラリー内部)のためだけに制作されたものですから、QRコードを配るだけでは成立しないんです」
●時間は個別に存在する
例えばあるQRコードを読み込むと、そのコードが印字されている眼前の壁を開発氏が破壊する映像が再生される。壁にあるQRコードは全部で七つ。映像の長さは1分から30分と様々だが、そのすべてはその場で発生するもう一つの現実なのである。
「鑑賞する人は、いま立っている環境と観ている作品の間に違和感を覚えることになります。今回の展示では、場所性にこだわることで、リアルとアンリアルを同時に体験できるようにしたかったのです」
通常、美術展では会場にモノとしての作品が存在することが前提とされる。映像作品を発表するアーティストも、大がかりな装置を設置して演出を凝らす傾向にある。しかし開発氏は、
「そもそもアーティストが新しい価値を生み出すために、モノは必要不可欠ではないのかもしれないと思ってきた」
QRコードはもともとデンソーという企業が社内の製品管理用に開発したものだ。それが今では、若者たちがスマホで個人情報をやりとりするために頻繁に利用し、ケータイ文化に完全に溶け込んでいる。