漂泊する木造船には、男性らしき人の姿が見えた(11月29日午前、北海道松前町沖)(写真:HTB北海道テレビ提供)
漂泊する木造船には、男性らしき人の姿が見えた(11月29日午前、北海道松前町沖)(写真:HTB北海道テレビ提供)
11月に確認・公表された主な漂流・漂着事案(AERA 2017年12月18日号より)
11月に確認・公表された主な漂流・漂着事案(AERA 2017年12月18日号より)

 北朝鮮からとみられる木造船の漂着が急増している。船内の遺体、生存者の上陸――。挑発的な核・ミサイルとは違う不気味なシグナルに固唾をのむ。

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「命を捨てるようなもんだ」。冬の荒れる日本海へ小さな船で次々と乗り出す無謀さに、海上保安庁関係者はあきれる。

 秋田県では由利本荘市の港で11月23日深夜、「北朝鮮から漁で来たが、船が故障した」という男性8人が見つかり、船尾が壊れた全長約20メートルの船があった。男鹿市では26日と12月7日に約7メートルの船が相次いで漂着し、一部白骨化した計10人の遺体が見つかった。

 男鹿市の加藤喜正さん(77)は30年前を思い出した。水産会社に勤め、かまぼこ用の魚を買い付けに北朝鮮北東部の清津港へ。漁民らと接する時、金日成主席のバッジをつけた当局者が常に目を光らせていた。

「今回は上陸までされ驚いた。工作をしようと送り込まれたのかと思ってね」

 拉致事件も多く起きた日本海側では関心が高い。京都府舞鶴市が地元で、防衛省情報本部の副本部長を務めた井上一徳衆院議員は5日の国会質問で「政府全体で情報収集と分析、警戒監視に万全を」と求めた。

 朝鮮半島からとみられる木造船を海保が確認したのは今年は70件超。多くが漁での遭難とみられる。北海道松前町沖の島では上陸した乗組員が家電を盗んだ疑いがあるが、警察関係者は「工作員ならそんなばかなことはしない」とみる。

 ただ今年は11月以降の増え方が際立ち、生存者の数も異例の多さだ。最近の北朝鮮で起きている何かの表れなのか。

 日韓両政府の関係者が注目しているのが、北朝鮮への経済制裁の影響と、金正恩(キムジョンウン)・朝鮮労働党委員長の号令だ。

 正恩氏は2015年元日のあいさつで「食糧問題を解決すべきだ」とし、「黄金の海」を目指し「漁業の劇的な強化」を掲げた。海産物は北朝鮮にとって貴重な輸出品だが、食糧自給の道として強調した。16年から核・ミサイル開発を本格化させ、それに対する経済制裁が強まるのに先立つ動きだ。

 そして今年11月に入り、朝鮮労働党の機関紙・労働新聞の社説が「冬の漁作戦」を唱えた。

「漁業部門はあらゆる港に壮観をもたらす水揚げを。人民に豊富に魚を与えるという首領金日成と指導者金正日(正恩氏の亡き祖父と父)の命令は貫かれ、黄金の海の歴史は続く」

 国連の世界食糧計画(WFP)によると、北朝鮮の栄養不良者は国民の4割の約1千万人。各国に頼る支援資金は必要額の6割に満たず、11月には子ども19万人が対象の事業が止まった。国連安保理決議や各国単独の金融制裁で、支援の送金や物資調達にも支障が出ている。

 労働新聞の社説は「農業では深刻な干ばつにもかかわらず、今年は軍民協力で成果を上げた」とも伝えた。漁業では北朝鮮の漁民は軍から領海外へ出る許可を得ているとされる。海産物は国連安保理の8月の制裁決議で禁輸対象となったが、軍の傘下にある漁民が捕り続けているのは、むしろ食糧不足の国内向けの可能性がある。

「制裁によるダメージ」(井上氏)で無謀な漁へというわけだが、別の見方もある。北朝鮮情勢に詳しいアジアプレス大阪オフィス代表の石丸次郎氏は、「一獲千金を狙う業者が後を絶たない」と話す。

 軍は多くの「水産事業所」を持つ。政府から供給が滞りがちな物資を自前で調達しようと作ったり、成金が漁に参入するため軍傘下の会社の看板を得たり。業者は軍に上納金を払い、漁民を雇って漁をする。

「少しでももうけようと、船は大和堆(やまとたい)などのいい漁場を目指し沖へ沖へと出る。一方で漁民の命は軽んじられているので船はボロく、混ぜものをした安い燃料で機関も故障し、漂流したのだろう」(石丸氏)

 最近の漂着の多くは構造からイカ釣り船とみられる。スルメは中国で旧正月に高く売れる。冷凍設備もない船に頼る北朝鮮の漁業にとって、冬の日本海は危険だが魅力的だ。中国も安保理決議をふまえ海産物の輸入禁止を表明したが、「国内と密輸向けに当面は漁が続く」とみる。(朝日新聞専門記者・藤田直央)

AERA 2017年12月18日号