時間の経過がとてつもなく長く感じた。助け合うはずの妻とも、四六時中一緒にいることで小さなことに不満が。気分を紛らわすのに役立ったのが、フェイスブック(FB)。「死ぬかと思った」「道がぼこぼこでさあ」……。そんな言葉を投稿しても、「友だち」からは「大丈夫?」といった程度のコメントしか返ってこない。それでも、

「聞いてもらえるだけで癒やされました」

●不遇嘆くより前向き

 仕事には影響が出た。本県内のクライアント先も何社か被災し、業務は中止に。だが、仕事の大変さは、妻や娘には言わなかった。来春、次女が東京の私立の大学に進学するが、親の大変さを知れば、娘が進路を迷ったかもしれない。

「震災を理由に、娘に夢をあきらめさせたくありません。これは、どの親も考えるはずです」

 自宅は幸い「一部損壊」。震災から2週間ほどで、自宅に戻ることができた。家族4人で食卓を囲んだ瞬間は、感慨深かったという。

「家族で揃って家で食事する時は格別。焼酎も進みます(笑)」

 山下さん自身、今回の地震で死んでいてもおかしくなかったと思っている。益城町だけでも約20人が亡くなった。

「生きているだけで幸せです」

 自宅の家財道具を一新せざるを得なかったが、「新たな生活を始める良いきっかけづくりになった」と考える。不遇を嘆くより、前向きに生きていこうと決めている。(編集部・野村昌二)

AERA 2016年9月5日号

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野村昌二

野村昌二

ニュース週刊誌『AERA』記者。格差、貧困、マイノリティの問題を中心に、ときどきサブカルなども書いています。著書に『ぼくたちクルド人』。大切にしたのは、人が幸せに生きる権利。

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