文芸評論家・大矢博子さんが選んだ「今週の一冊」。今回は『ボタニカ』(朝井まかて、祥伝社/1980円・税込み)。

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 植物学者・牧野富太郎。

 多くの新種を発見し、図鑑をはじめとした著書も多数刊行。小学校中退でありながら理学博士の学位を得るなど、日本植物学の父と呼ばれる人物だ。今年が生誕160年。来年度前期のNHK連続テレビ小説のモデルになることも発表され、注目が集まっている。

 その牧野博士の生涯を描いたのが、本書『ボタニカ』だ。

 幕末に土佐の造り酒屋の嫡男として誕生。幼い頃から植物が好きで、筆と帳面を持って野山を駆け回る。学制改革に伴って入学した小学校も植物の勉強に集中したくて退学、独学で探求を続けた。その後、東京で植物学の研究者たちと出会い、東大の植物学教室への出入りを許されることになる。

 ──と書くと、自然を愛し、草花を愛し、学歴がなくとも夢をかなえた真面目で穏やかな人物を想像するかもしれない。

 いやはや、とんでもない!

 植物が好きなのは間違いない。だがそれ以外に興味がないのである。自分の好きなこと、やりたいことがすべてに優先するのだ。実家が裕福なのをいいことに高価な書籍を次々と購入、東京と高知を何度も行き来する。植物学の雑誌を発行するにあたって自分で印刷機まで買う始末。さらには高知に妻がありながら東京で知り合った女性と世帯を構え、子が産まれ、生活費は実家の妻に無心する。そのせいで6代続いた造り酒屋を畳むはめになるのだ。

 実家の後ろ盾がなくなったあとも研究となれば金を惜しまない。はっきり言って金銭感覚が馬鹿である。当然借金は膨れ上がる。さらには大学の書物や標本を使って個人の名前で研究発表をしたことを「厚顔」と言われ、大学を出入り禁止になってしまうのだ。

 そこでどうしたか──というのは本編でご確認いただきたいが、本当にこの人物が朝ドラになるのか、炎上するんじゃないかと心配になるくらい型破りだ。ある登場人物は彼を「このお方は浮世離れしていなさるよ。物狂いだよ」と評した。正鵠である。

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