窮屈な世の中は情報過多のせい? 老子が説く“捨てることと自由” (2/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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窮屈な世の中は情報過多のせい? 老子が説く“捨てることと自由”

連載「ナイス・エイジングのすすめ」

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帯津良一週刊朝日#帯津良一
帯津良一(おびつ・りょういち)/1936年生まれ。東京大学医学部卒。帯津三敬病院名誉院長。西洋医学だけでなく、さまざまな療法でがんに立ち向かい、人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱。「貝原益軒 養生訓 最後まで生きる極意」(朝日新聞出版)など多数の著書がある

帯津良一(おびつ・りょういち)/1936年生まれ。東京大学医学部卒。帯津三敬病院名誉院長。西洋医学だけでなく、さまざまな療法でがんに立ち向かい、人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱。「貝原益軒 養生訓 最後まで生きる極意」(朝日新聞出版)など多数の著書がある

※写真はイメージです (c)朝日新聞社

※写真はイメージです (c)朝日新聞社

 以前にも書きましたが(2019年3月8日号)、私が敬愛してやまない伊那谷の老子こと、今は亡き加島祥造さんは、これを解釈して、

「誰だって初めは知識や礼儀作法を取り入れるさ、利益になるからね。けれども、それからタオにつながる人は、蓄えたものを忘れていくんだ。──いわば損をしてゆく。どんどん損をしていって、しまいに空っぽの状態になった時、その人は内なる自由を獲得する。それを無為というんだ」(『タオ─老子』筑摩書房)

 と訳しました。

 つまり、学問をする人は自分に役立つことを溜め込んでいって、やがて身動きができなくなる。一方、道を求める人はどんどん捨てていって、人間本来の自由を手にすることができるというわけです。

 学問をすること、知識を得ることにさびしさを感じたのは、それによって自分が不自由になることを予感していたからなのでしょう。

 この溜め込んで身動きができなくなるというのは、情報過多の今の世の中では特に言えることです。道を歩きながらもスマートフォンを見て、寸暇を惜しんで溜め込んでいる人が多いことに驚きます。

 これまでの人生で十分に知識を溜め込んできたのですから、これからは、それを捨てて、もっと自由になるべきです。いったん捨てる覚悟を決めると、いかにどうでもいいものが多いかがよくわかります。

週刊朝日  2019年9月27日号


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帯津良一

帯津良一(おびつ・りょういち)/1936年生まれ。東京大学医学部卒。帯津三敬病院名誉院長。西洋医学だけでなく、さまざまな療法でがんに立ち向かい、人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱。「貝原益軒 養生訓 最後まで生きる極意」(朝日新聞出版)など多数の著書がある

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