成績上位の合格者が辞退するのは、優秀な学生を確保したい大学にとっては痛手だ。医学部受験に強いある塾の幹部はこう漏らす。

「学力的に受かるとは思えない子でも、追加合格するケースが増えています。今年は、特にそれが多かった印象です」

 陰りが見えるとはいっても、医学部の人気はまだ高い。志願者の増加は新たな課題も生んでいる。

「志がない受験生が多くなった」と嘆くのは、医学部受験に取り組む塾の幹部だ。患者に寄り添うという志の高い人に目指してほしいが、いまは必ずしもそうなっていないという。

「面接では当たり障りのないことを言いますが、実際のところは偏差値が高いから目指すとか、給料がいいから医師になりたいという子が多いのです。医師の親の意向を受けて目指すという子も少なくありません」(塾の幹部)

 東京や神奈川など都市部の私立校が多くの合格者を出している。都市部で育った受験生には、地方の医学部には行きたくないという人もいる。今年、私大医学部に受かった男子はこう話す。

「親が医師の友達の中には、都内の私大医学部しか受けないという子もいました。医師を目指す理由も、『親が医師だから何となく』といった、弱い動機の人もいます」

 医学部専門予備校YMS(代々木メディカル進学舎)によると、関東の私立高の受験生に人気なのは、都心部にある私大医学部。慶應義塾大を筆頭に、慈恵会医科大、順天堂大、日本医科大などだ。学費がずっと安い地方の国公立大よりも私大を選ぶ人もいる。今年も新潟大や金沢大よりも慈恵会医科大を選んだり、福島県立医科大よりも東邦大を選んだりしたケースがあったという。

「最初は国立の医学部を志望しても、都心部の私大医学部に合格すると、『自宅を離れたくない』『地方に行きたくない』という心理が働く。親も学費が高くてもいいから実家に住まわせたいとか、一人暮らしはさせたくないと考えるようです」(YMSの七沢英文さん)

 こうした受験生がいることは、医師の都市部集中に拍車をかける。

 強い志がないと、医師になるという目標を見失うこともある。全国医学部長病院長会議の調査によると、16年度における53大学の1年生の留年者数は293人で、07年度以前の平均と比較すると約1.8倍も増加していた。

 医学部の授業は他の学部と比べて厳しい。人間の体の機能や名称などを細かく理解し、暗記していく必要がある。必修科目が多く、一つでも落とすと留年してしまう。ある医学部の関係者はこう嘆く。

「生物学や解剖学といった基礎的なところでつまずいてしまう学生がよくいる。何とか卒業までもっていっても、医師国家試験で落ちるのが現状です」

 いつの時代も医師の役割は大きい。患者に寄り添い、地域医療を支えるような医師を目指す受験生に頑張ってもらいたいものだ。(本誌・吉崎洋夫、山内リカ)

週刊朝日  2019年6月14日号

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吉崎洋夫

吉崎洋夫

1984年生まれ、東京都出身。早稲田大学院社会科学研究科修士課程修了。シンクタンク系のNPO法人を経て『週刊朝日』編集部に。2021年から『AERA dot.』記者として、政治・政策を中心に経済分野、事件・事故、自然災害など幅広いジャンルを取材している。

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