もっともこのルールをちゃんと守ってる落語家は少数派です。多くの落語家は自分が「暑いな、寒いな」と感じたら『衣替え』。多少のズレは気にしません。某師匠は正月から夏物の絽の着物を着てました。極端だな。「師匠、絽は早すぎませんか?」と聞いたら「客はわからねえよ、素人だから」とのこと。いや、わかる人はわかるでしょ……。

 何年か前にちゃんと5月末に袷着てたら、ある先輩が「この暑いのにまだ袷? 偉いねえ~(笑)」。「気どりやがって、融通の利かねえ奴だな」という揶揄(やゆ)のこもった褒め言葉を掛けられました。偉い人が「俺も袷だよ!」と言うと、あわてて「いや! さすがですねぇ~(汗)」と手のひら返してましたけど。 偉い人いわく「これからお座敷だから。やっぱりちゃんとしてかないとな」。そうなんです。お座敷で一席の仕事はお客とも距離が近く、また芸者さんやその店の女将や仲居さんが曲者なのです。「あら、素敵なお着物!……もう夏物~? 暑いですもんねぇ~。あ、化繊? 洗えて便利ですよね~(笑)」。完全に皮肉です。ちくしょう。最近そんな仕事行ってないけどね。

 それにしても、あぁめんどくさ『衣替え』。

週刊朝日  2019年6月7日号

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春風亭一之輔

春風亭一之輔

春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/落語家。1978年、千葉県生まれ。得意ネタは初天神、粗忽の釘、笠碁、欠伸指南など。趣味は程をわきまえた飲酒、映画・芝居鑑賞、徒歩による散策、喫茶店めぐり、洗濯。この連載をまとめたエッセー集『いちのすけのまくら』『まくらが来りて笛を吹く』『まくらの森の満開の下』(朝日新聞出版)が絶賛発売中。ぜひ!

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