以上を総合すると、少なくとも現時点では有機栽培ワインやビオディナミワインが、通常のやり方で造られたワインよりも健康により大きく寄与するという根拠は乏しい。

 もちろん、「おいしいから」という理由でこのような有機ワインやビオディナミワインを飲むのは大いに結構だ。ぼく自身ときどきこうした有機ワインをいただく。ぼくは決してアンチ有機、アンチ・ビオディナミではない。

 しかし、「健康になりたい」という願望からこのようなワインを選ぶ根拠は乏しいように思う。健康のために有機ワインを飲むのは間違っていると考えてよい。

 有機食物にせよ、有機ワインにせよ、われわれは得てしてネーミングの雰囲気だけで健康への良しあしを決めてしまいがちだ。

 けれども、こうした態度は一般的に間違っているといってよい。

■無農薬、有機、オーガニック……ネーミングは健康を保証しない

 無農薬、有機、オーガニック、ビオディナミというネーミングは健康を保証しないのだ。もちろん、いわゆる農薬が体によいと主張しているわけではない。特に、過量な農薬は健康に有害と考えるのが普通だろう。

 しかし、農作物を無理なく育てるための、最低限の化学肥料や殺虫剤が人体の健康に害を及ぼすというデータは乏しいのである。

 大抵の健康問題は「程度問題」なのだ。どんなものでも健康に影響をもたらしうる。たとえ体によいとされているものであっても、過量に摂取すれば健康に有害だし、かりに体によくないと言われているものであっても、摂取量が少なければ気にする必要はない。

 それを、カテゴリカルに「ある」「ない」という判定基準で判断するのが間違っているのである。

 1万円ある、と10円ある、はいずれもお金が「ある」という状態だが、両者は明らかに異なっている。もし、違いがない、という方はぼくの十円玉を諭吉と取り替えてください。大事なのは「ある」「ない」ではなく、どのくらいあるか、という「程度」問題なのだ。

 このことは「農薬」問題のみならず、ほかの飲食物一般にも言えることだ。例えば、ワインもまた、「どのくらい飲むか」はとても重要な問題だ。

 この話はまた項を改めて本連載で論じることになる。

◯岩田健太郎(いわた・けんたろう)/1971年、島根県生まれ。島根医科大学(現島根大学)卒業。神戸大学医学研究科感染治療学分野教授、神戸大学医学部附属病院感染症内科診療科長。沖縄、米国、中国などでの勤務を経て現職。専門は感染症など。微生物から派生して発酵、さらにはワインへ、というのはただの言い訳なワイン・ラバー。日本ソムリエ協会認定シニア・ワインエキスパート。共著に『もやしもんと感染症屋の気になる菌辞典』など

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岩田健太郎

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岩田健太郎(いわた・けんたろう)/1971年、島根県生まれ。島根医科大学(現島根大学)卒業。神戸大学医学研究科感染治療学分野教授、神戸大学医学部附属病院感染症内科診療科長。沖縄、米国、中国などでの勤務を経て現職。専門は感染症など。微生物から派生して発酵、さらにはワインへ、というのはただの言い訳なワイン・ラバー。日本ソムリエ協会認定シニア・ワインエキスパート。共著にもやしもんと感染症屋の気になる菌辞典など

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