かつて老人病院で、部屋中の老人たちが意識のないまま点滴につながれているのを目撃した医師は、その衝撃が忘れられない。

「多くの人がチューブにつながれている姿は、まさに植物の『水栽培』が行われているような光景でした。ひどいと思いました」

「スパゲティ」という言葉を聞いたことのある方も多いだろう。点滴や人工呼吸器など、いくつものチューブにつながれて生きる高齢者の終末医療の姿をさす造語だ。

 そして、2000年代には「胃ろう」が「流行」した。口からモノが食べられなくなると、医師はこぞって胃ろうをすすめ、数十万人の高齢者が口から食べる生活を奪われた。しかし、栄養は体内に送られるので、生き続けることはできた。

 流れを変えたのは一冊の本だった、と多くの関係者が口をそろえる。

 10年に発刊された『「平穏死」のすすめ 口から食べられなくなったらどうしますか』(講談社)。大病院から特別養護老人ホームの配置医に転じた石飛幸三医師が、胃ろうなど延命治療が蔓延していた状況に怒りを覚え、ホームで自然死を広める「改革」を進める姿をつづったものだ。

 多くの人が疑問に感じていた終末医療の在り方に一石を投じたこの本は、関係者に衝撃を与えた。以後、胃ろうなどへの批判が高まり、10年代に入ってから胃ろうは減っていった。そして、先の苛原医師が言うように、在宅医療では「自然死」型の死が主流になっていく。

 在宅医療は、病気を治すのではなく、患者の生活の質(QOL)を維持することに注力する。どういう亡くなり方をするかは、本人と家族の希望が最優先される。そのさい、「寿命」を示す一つのメルクマールと医師たちが考えるのは、石飛医師の著書のタイトルにもあるとおり、「自分の口からモノを食べられるかどうか」だ。

 茨城県で在宅医療を手がける医療法人社団「いばらき会」の照沼秀也理事長が、

「本人の意思が何より大切ですが、だんだん歩けなくなって、だんだん食べられなくなっていく。それがほかの原因ではなく、フレイル(老衰)の結果だとすれば、もうすることはないと言ってもいいと思います」

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