「僕は量産するタイプの役者ではないので、年に1本しか映画に出られないこともある。特に83年にデビューしてから89年に『ミステリー・トレイン』に出るまでは、撮っても劇場公開されなかったり、すぐに上映終了になったりが続きました。でも不思議と不安にはならなかった。また呼んでもらえると信じてたし、とにかく時間はあって、めちゃくちゃ映画を見てましたから」

 永瀬は、口数の少ない役でもスクリーンに絶対の存在感がにじみ出る。心身丸ごと、役柄と一体となるような人だ。意外なようだが、基本的に“監督に染めてほしい”役者だという。

「自分に基礎がないからかもしれない。劇団の経験も、先生に習ったこともない。『この役はこうだ!』とガチガチに固めてかからず、現場ではフラットな状態でいようと思うんです」

「あん」(15年)、「光」(17年)で河瀬直美監督と組んだ経験も大きかった。今年5月、「光」の主演俳優としてカンヌ国際映画祭でスタンディングオベーションを受け、感激で涙した。

「河瀬監督は過剰なお芝居を嫌う人。長く役者をやっていると、ついテクニックで押し切ろうとする時もあるんですが、完璧に見破られる。怖いですよ。演じることの原点に戻らせてもらえました」

 今後も出演作が相次ぐ。俳優は正解のない、難しい仕事だと笑う。

「役者は人間のどうしようもなさや情けなさ、すべてを含めて『その人』としてそこに存在しなければいけない。難しいけど、これからも試行錯誤しながら一生懸命やるしかないですね」

(ライター・中村千晶)

週刊朝日 2017年9月1日号