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 医療用麻薬の充実で、がんの痛みはほぼ確実に消せる時代になった。しかし、日本の臨床現場にはまだ問題が残っている。WHO(世界保健機関)薬物依存専門委員会委員を務める星薬科大学の鈴木勉教授に、日本のがん性疼痛(とうつう)治療の現状を解説してもらった。

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 がん性疼痛を除去する技術は、近年大きく向上しています。以前は余命いくばくもないときになって初めて痛みの除去を考えるのが普通でしたが、現在はたとえ早期がんでも、痛みがあるなら積極的に取り除く、という考え方が一般的になりました。

 がんの痛みを取り除く薬は、痛みが小さいうちは非ステロイド性消炎鎮痛剤から始め、痛みが強くなるに従ってモルヒネなどの医療用麻薬を加えていく、という方法が確立されています。

 医療用麻薬にも、注射薬、貼付剤、飲み薬などバリエーションが増え、患者の状態に応じて選択肢が広がってきました。

 ところが日本では、医療技術が向上したにもかかわらず、がん性疼痛を取り除く治療が十分におこなわれていないという現実があります。

 WHOのまとめによると、日本の場合、本来必要な医療用麻薬の使用量に対して実際の使用量はわずか15.6%と、先進国では最低水準です。裏を返せば、日本のがん患者の多くは、適切な治療を受けずに痛みを我慢している──ということを示しているのです。

「ダメ。ゼッタイ。」というキャッチフレーズで浸透した薬物乱用防止キャンペーンは、日本人に不正薬物の恐ろしさを根付かせました。しかし、がん性疼痛の治療のように、「正しく使えば有益になる」という点を教育しなかったため、必要以上に麻薬を怖がる人や、使うべきときに拒否するケースが後を絶たないのです。

 早期であれ終末期であれ、痛みがあるのなら、まずはその痛みを取ってから、本来のがん治療を考えるべきです。

 2人に1人ががんにかかり、3人に1人ががんで死ぬ時代です。そんな現代に生きる私たちは、「QOL(クオリティー・オブ・ライフ=生活の質)」だけでなく、「QOD(クオリティー・オブ・デス)」、つまり、いかにして“質の高い死”を迎えるか──にも、目を向ける必要があるのです。

週刊朝日 2015年2月13日号