『Entre Nous』Frank Orchestra Wess
『Entre Nous』Frank Orchestra Wess

 1989年は前年から64組、50%増となる190組が来日した。なんとも凄まじくバブリーというほかない。51組のフュージョン/ワールド/ニュー・エイジが引き続き首位で、38組の主流派、37組のヴォーカル、31組の新主流派/新伝承派/コンテンポラリー、15組のフリー、12組のビッグバンド(スイングが4組にモダンが8組)、4組のスイング、2組のR&B系が続く。フリーとモダン・ビッグバンドが倍増したが、前年が数組なので重要ではない。注目すべきはヴォーカルの76%増で、バブルのほどを雄弁に物語っている。シナトラまでが来日、チケットは20万円に吊りあがったという。恒例のサマー・ジャズ・フェスティヴァルは週末毎に台風に見舞われ中止が相次ぐなか、期待の「ライヴ・アンダー・ザ・スカイ」「ニューポート・ジャズ・フェスティヴァル・イン・斑尾」「マウント・フジ・ジャズ・フェスティヴァル」は幸いにも開催された。

 空前の来日ラッシュにもかかわらず作品は前年にすら2作及ばない31作にとどまる。スタジオ録音は16作あり、日本人との共演は11作、8作は和ジャズだ。ライヴ録音は15作あり、日本人との共演は6作、5作は和ジャズだ。候補作は10作ということに。残念ながら推薦該当作はなかった。評価や編集上の弱点は【1989年 作品リスト】をご覧いただきたい。なかでも、後年の録音が併録されていることもあって見送ったレイ・ブラウン・トリオ『ジョージア・オン・マイ・マインド』が実にゴキゲンな好ライヴだ。

 気を取り直し1990年に移ったら調査結果に思わず目を疑った。前年の空前の記録をあっさり更新する265組が来日している。月平均22組とは、まさにバブルの絶頂だ。やはり首位は66組のフュージョン/ワールド/ニュー・エイジで、54組の新主流派/新伝承派/コンテンポラリー、53組の主流派、41組のヴォーカル、33組のフリー、8組のディキシー/スイング、6組のビッグバンド(スイングが2組にモダンが4組)、4組のR&B系が続く。内訳を分析しても意味はあるまい。片っ端から招聘した印象だ。再三来日したアーティストも12名はいる。上記の三大フェスティヴァルをはじめとする各地のサマー・ジャズ・フェスティヴァルも来日アーティストに格好の職場を提供した。

 なぜか参加作の数はバブリーとはいかない。この年も前年並みの30作にとどまった。スタジオ録音は15作あって、日本人との共演は9作、5作は和ジャズだ。ライヴ録音も15作あって、日本人との共演は3作、みな和ジャズだ。候補作は12作ということに。取り上げるのは「富士通コンコード・ジャズ・フェスティヴァル・イン・ジャパン」からフランク・ウェス・オーケストラ『アントレ・ヌー』と『枯葉~メル・トーメ・ライブ・イン・ジャパン’90』だ。選外作に後ろ髪を引かれるものはなかった。評価や編集上の弱点は【1990年 選外リスト】をご覧いただきたい。ではフランク・ウェス盤から。

 リーダー亡きあとに出身者が率いる名門オーケストラを亡霊バンドと呼ぶ。カウント・ベイシー・オーケストラも御大の没後、サド・ジョーンズ、フランク・フォスター、グローヴァー・ミッチェルほかが率いてきた。フランク・ウェスもモダン・ベイシーを支えたOBでここに紹介するオーケストラもベイシー系だが、正統を継ぐ亡霊バンドではない。当時は亡霊バンドの本家がフォスターの指揮下で活動していたし、そもそも臨時編成だ。臨時編成といえば、1989年の同フェスにもフランク・ウェス&ハリー・エディソン・オーケストラとして出演し『ディア・ミスター・ベイシー』を残している。好ライヴだがベイシー・スタンダードを筆頭に月並みな模倣感が拭えず決定打にも乏しく選外とした。スイングとグルーヴの大元、御大とフレディ・グリーン(ギター)を欠いては模倣の限界(The limitations of imitation)があるわけで、独自性を打ち出してほしかったのだ。

 オーケストラは総勢17名、【収録曲】のパーソネルで*を付した12名がベイシー・オーケストラの出身者だ。#を付した8名は前回、1989年の来日メンバーでもある。選曲はメンバーのオリジナルが①②③⑧の4曲、ジャズマン・オリジナルが⑨⑩の2曲、スタンダードが④⑥⑦の3曲あり、べイシー・スタンダードは⑤の1曲にとどめている。こうこなくてはいけない。継承すべきは楽曲ではなく精神だ。ベイシー・スタンダードの再演は本家に、模倣はアマチュア・バンドに任せればいい。さて、首尾のほどはどうか。

 幕開けはウェス作のブルース《オーダー・イン・ザ・コート》。力感漲る合奏のあと、ビル・ラムゼイのツボを得たアルト、アート・バロンの雄弁なミュート・トロンボーン、ティー・カーソンの省エネ型ピアノと、好ソロが続き、サックスソリ、全合奏で終える。馴染みのベイシー・グルーヴが横溢、いきなりベイシー・ワールドに拉致される快演だ。

 ウェス作のバラード《アントレ・ヌー》はウェスのフルート・プレイをフィーチャー、胸に迫る佳演になった。テナーは古臭いのにフルートと編曲はモダン、不思議な人だ。

 ドラムスのデニス・マックレル作の《2パーセントのブルース》は奇妙なタイトルだがベイシー・ブルースそのもの。御大が雇った最後のドラマーだけに精髄を体得している。聴き物はグルーヴィーに揺れるサックスソリと、ここでもバロンのミュート・プレイだ。

 トラディショナルの《セント・ジェームズ病院》はかつての看板ソロイスト、ジョー・ニューマンをフィーチャーした哀歌だ。リズム隊だけを従えてミュート・トランペットと唄を披露するがどうということもない。コンサートに付き物の余興と大目に見てほしい。

 フォスター作の《シャイニー・ストッキングス》は大人気のベイシー・スタンダード、ウェスは「リクエストに応えて」と告げている。ウェスの編曲とあるがオリジナル版との違いはさほどない。「お待たせの」と書きだしたかったのに出来のいい模倣にとどまる。

 スタンダードの《ラヴァー》はスピードとパワーの宴。アーサー“ベイブ”クラークのハードなバリトンサックスが疾駆、バックと終盤のパワフルな全合奏が痛快極まりない。

 スタンダードの《バット・ビューティフル》はピート・ミンガーのフリューゲルホルンをフィーチャーしたバラードで、リズム隊だけをバックに思いの丈を吐き出す。只のセクションマンではなかったことが知れる名演でテッド・ダンバー(ギター)が華を添える。

 トロンボーンのデニス・ウィルソン作の《イマス・ザ・ブルース》も変なタイトルだがベイシー・ブルースそのもの。聴き物は「ミスター・ブルースそのものだ」と紹介されるカーティス・ピーグラーのファナティックでブルージーなアルトと豪放磊落な全合奏だ。

 カナダのビッグバンド「ボス・ブラス」のテナーサックス、リック・ウィルキンス作の《リンク・ラット》はベイシー調のファスト・ナンバー。レスターの流れを汲むウェスのテナー、ミンガーのシャープなトランペット、一糸乱れぬパワフルな全合奏と、大満足。

 ラストは同じくウィルキンス作の《ピット・パット・ブルース》で、これもベイシー・ブルースそのもの。フレディ・グリーンとあまりにタイプが違いすぎて不満の矛先が向くダンバーが好ソロをとり、デニス・ウィルソンがミュート・トロンボーンの妙技で迫る。

 《セント・ジェームズ病院》と《シャイニー・ストッキングス》の星が落ちるものの、ほかは快演だ。メンバーのオリジナルやジャズマン・オリジナルなど、新たな素材を得てベイシー・サウンドが甦る。とりわけベイシー・グルーヴに溢れるブルースが上出来だ。急造ゆえの粗さは力感の前には気にならない。ビッグバンド・ファンには掘り出し物だ。とっくに廃盤で再発されてもいないが入手難ではない。リンク先の結構な価格にめげずに海外のサイトもあたってみては。送料込みでもリーゾナブルな価格で入手できるはずだ。 [次回5/16(月)更新予定]

【1989年 作品リスト】fine>good>so-so>poor
Live in Japan/Valentina Ponomareva (UK-Leo/April 5, 7, 8) poor
Georgia on My Mind/Ray Brown Trio (Lob/May 23) good+, *1
Black Orpheus/Ray Brown Trio (Paddle Wheel/May 23) good, *2
Jikan to Kuukan/Nachtluft (Jazz & Now/July 13) good+
Live at Good Day Club/Junior Mance Trio (Paddle Wheel/July 19) good
Live at Spiral/Sonya Robinson (Newsick/July 19, 20) so-so
Let the Juice Loose-Bill Evans Group Live at Blue Note Tokyo (Jazz City/September 9) good
Cedar Walton Trio at Good Day Club (Lob/September 20) good+
Dear Mr. Basie/Frank Wess=Harry Edison Orchestra (All Art/November 11) good+
New York State of Mind/Carmen McRae (Victor/November 19) good+

*1: 5 titles on the date, 4 titles on February 7, 1991.
*2: 7 titles on the date, 2 titles on February 7, 1991.

【1990年 選外リスト】fine>good>so-so>poor
Live at the 6th Tokyo Music Joy '90/Art Ensemble Of Chicago & Lester Bowie's Brass Fantasy (DIW/February 14) good+
A Night in Roppongi/Etta Jones & Houston Person (All Art/March 19, 20) so-so
Thanks for the Memory/Ronnell Bright (All Art/April 14) so-so
Then!/Alan Holdsworth Group (US-Alternity/May 4, 6) good+
100 Gold Fingers Vol.1/Various Artists (All Art/May 31) good+
100 Gold Fingers Vol.2/Various Artists (All Art/May 20, 31) fine-
The Gambler-Bill Evans Live at Blue Note Tokyo 2 (Jazz City/September 8) good+
Stephane Grappelli in Tokyo (Denon/October 4) 1st half: so-so, 2nd half: fine-
Stairway to the Rainbows/Stanley Jordan (somethin'else/November 7-9) so-so
Show-Down/Wadi Gysi & Hans Reichel (Swi??Intakt/December 11) fine-, *1

*1: 2 titles on the date, 8 titles in Zurich, 1 title in an unknown place.

【収録曲】
Entre Nous/The Frank Wess Orchestra

1. Order in the Court 2. Entre Nous 3. Blues in the 2% 4. St. James Infirmary 5. Shiny Stockings 6. Lover 7. But Beautiful 8. Imus the Blues 9. Rink Rat 10. Pit Pat Blues

Frank Wess*# (ts, fl), Snooky Young*#, Ron Tooley (tp), Joe Newman*# (tp, vo on 4), Pete Minger* (tp, flh on 7), Art Baron, Grover Mitchell*#, Dennis Wilson* (tb), Doug Purviance (btb), Curtis Peagler*#, Bill Ramsey*# (as), Billy Mitchell*# (ts), Arthur "Babe" Clarke (bs), Tee Carson* (p), Ted Dunbar# (g), Eddie Jones*# (b), Dennis Mackrel* (ds).

Recorded at Kan-i Hoken Hall, Gotanda, Tokyo, on December 11, 1990.

【リリース情報】
1991 CD/CT Entre Nous/The Frank Wess Orchestra (US-Concord Jazz)
1991 CD  Entre Nous/The Frank Wess Orchestra (Jp-Concord Jazz)

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