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「話題の新刊」に関する記事一覧

かなわない
かなわない 「こんなことまで書き始めて。私は誰に何を知ってほしいと思っているのだろうか」。読むことに罪悪感を覚え、戸惑いながらも一気読みしてしまった一冊だ。  著者は写真家で2児の母。夫は20歳以上年上の元アル中のラッパー。2011年から15年の日記や散文をまとめたものだ。  育児に苦悩すれば物を投げ飛ばす。実母との関係に悩んだ過去から、理想の家族像を実現できないからと離婚を夫に申し出る。ライブに夢中になり平気で家を空ける。夫以外に好きな男性もできてしまう。夫に平然とその事実を伝える。 「とんでもない母親だ」との声も聞こえてきそうだ。だが、現代の女性は「妻であり母であり女であること」を求められる上に、キャリアを磨くことまで望んでいようがいまいがお上から突きつけられる。努力しても「叶わない」ことだらけである。  複雑な感情の起伏を無鉄砲に綴っても、飽きさせないのはアーティストだからか。大文字で語られるべき物語ではないが、女性を取り巻く真実が濃縮されている。
ルポ 同性カップルの子どもたち
ルポ 同性カップルの子どもたち 近年、同性愛者の結婚をめぐる問題に関心が高まっている。婚姻の陰に隠れるのが、「子作り」の問題だ。米国で同性カップルの家族と直接の交流経験を持つ新聞記者が、現状に迫った。米国では2015年、同性婚を憲法上の権利として認める最高裁判決が下り、現在は同性カップルによる子育てが増加する「ゲイビーブーム」が到来中だ。子をどう授かり、家庭をいかに維持するか。制度的実態に留まらず、体外受精による代理出産、家事・育児の分担など、ゲイ/レズビアンカップルの声を伝える。  課題も多い。同国では伝統的家族観を重んじる保守派の反対が根強く、同性カップルの子が学校でロッカーを荒らされるなどのいじめに遭う、親が現れると他の保護者が急に静かになるといったケースもあるという。法が味方になっても、社会の偏見は簡単に消えないのが現実なのだ。レズビアンの両親を持ったある男子大学生が「私の家族はあなたの家族と何も変わりはありません」と訴えたスピーチは胸を打つ。当人たちの日常に焦点を合わせ、読む側の身構えを無理なく解きほぐす。
「専業主夫」になりたい男たち
「専業主夫」になりたい男たち 増えた方がいいけれど、なかなか増えないものが世の中にある。その一つが、「専業主夫」だろう。今、キャリアを追求したいという女性が増えている。一方で、低収入で非正規雇用の若年男性が増えている。この両者が結婚して家庭を作れば、子どもも増え少子化も緩和されるに違いない。しかし、本書によると、日本では、女性に扶養されている夫はたった11万人、男性に扶養されている妻949万人に比べれば圧倒的に少ない。  男のプライドが捨てられないこと、女性が働かない男性に魅力を感じないことなどがネックになって、なかなか増えないのが現状である。でも、本書に紹介されている主夫たちの経験談を読んでみると、ママ友とやりくりについておしゃべりしたり、妻が勝手に買い物をしたのを怒ったりなど、けっこう楽しそうである。なった経緯はさまざまだけど、主夫のプライドとやりがいが垣間見えてくる。なりたいと思ってなかなかなれるものでないと分かっていても、主夫で頑張っている人を応援したくなる。
獅子吼(ししく)
獅子吼(ししく) 次々と人情味ゆたかな創作を紡ぎだす作家による6話の短篇小説集。  表題作は、檻の中で暮らし、妻子と別れ、吼え方も瞋り方も忘れた戦時下のライオンと、彼を見かねて餌をはこぶ若い二等兵の話が交錯する。兵士は、冷徹な准尉からライオンを射殺するよう命じられる。隊随一の射撃の名手が見張り、運命の逆転はないように見えたそのとき、自身の感情を押し殺し、泥をかぶろうとする者の姿が大きくたち上がる。  煮え切らない若い恋人と結婚したい一心の女性を描いた「帰り道」は、職場のスキー旅行帰りのバスが舞台だ。集団就職で上京した彼女を陰で仲間が応援するのだが、プロポーズの言葉で彼女が送ってきた苦労な人生を示唆されたことに心を閉ざしてしまう。監獄のような下請けの町工場で寡黙に働いてきた身には、他人の苦労には立ち入らない工員仲間の規律と、距離を置きつつも出来る限りの手を差しのべてくれる温かさが有り難かった──。社会の片隅に生きて、ささやかな幸せを見いだす人々の姿に心打たれる。
ルポ 塾歴社会 日本のエリート教育を牛耳る 「鉄緑会」と「サピックス」の正体
ルポ 塾歴社会 日本のエリート教育を牛耳る 「鉄緑会」と「サピックス」の正体 受験競争のヒエラルキーの最上位に位置する東大に合格するには開成、灘、筑駒など難関中高一貫校への入学だけでは十分でない。「サピックス小学部から鉄緑会へ」という塾のキャリアパスこそが王道なのだ。実際、東大の中でも最難関の医学部では鉄緑会出身者が6割以上を占める。  本書を読んで驚いたのはサピックスに通い、中学受験を終えた小学生が中学入学前の春休みに鉄緑会に入塾し、東大受験への道を歩み始める光景だ。そこには中高一貫校ならではの牧歌的な雰囲気は全くない。  著者は学校と塾は両輪の存在と指摘しながらも、塾の肥大化に警鐘を鳴らす。塾は効率性を追求し、生徒は与えられたものに疑いを持たず、処理能力と忍耐力だけが鍛えられていく姿は異様だ。  正解を導き出すことに長けた受験エリートたちだが、人の生き方に正解はない。「偏差値」というわかりやすい目標がない世界をどう生きるのか。「社会人になった後はぱっとしない人が多い」との仲間内の評価は印象的だ。
小泉純一郎独白
小泉純一郎独白 本書は若きライターの熱意により実現した、小泉純一郎元首相の取材録だ。  著者はとりわけ、東日本大震災以降、原発ゼロを目指す小泉氏の取り組みに斬り込む。活動の原動力は「ひでえことを俺も信じてきたなという自分への悔しさ」「原発は環境汚染産業」……ストレートな言葉からは「ポピュリスト」「パフォーマー」などといった世評とは異なる表情が見える。  最優先事項は原発であるがゆえ、現政権の取り組みには極力口出ししないというが、安保法案の強行採決など現政権に繰り出される批判も本書の読みどころだ。  後半では、講演取材を軸に独自の「小泉論」が展開される。安倍首相を重要ポストに抜擢するなど、小泉氏には「安倍政治の製造責任」があると明言。一方、複雑な問題をシンプルに伝える力、首相経験者ながら過去に未練を感じないキャラクターなどから小泉氏を「現在進行形のスター」と高く評価もする。政治的な色眼鏡を外し、その人物像を再考させられる一冊。

この人と一緒に考える

うめ婆行状記
うめ婆行状記 昨年11月に66歳で逝去するまで、江戸時代の人情ものを書き続けた作家の遺作。亡くなる直前まで執筆し、小説は朝日新聞に連載された。  4人の子どもを育て終え、夫を亡くしたうめは五十路を前に独り暮らしを始める。思うままに生きてみたかった。大店の一人娘として育ち、町方の役人の家に嫁いだが武家のしきたりに馴染めずにきたのだ。30年仕えた夫は気が短く、義妹に貸した花嫁衣装やよそゆきの着物は戻らなかった。新居は、一緒になるためにひと肌脱いでやった弟の奥さんが見つけてきた。  面倒見のいいうめ婆の周囲には自然と人が集まる。30歳を過ぎても所帯を持っていなかった甥に頼られ、その甥が余所につくっていた子どもに慕われ、物語は歌舞伎の世話ものさながらに、笑いあり涙ありの展開を見せる。そして独り暮らしを決めたいきさつを周りから問われ、読者が想像し得なかったどんでん返しが語られるのだ。彼女の行く先には不安もある。だが、時代のふところの深さに包まれ、なんとかやっていけそうな著者の目配りが利いている。
性風俗のいびつな現場
性風俗のいびつな現場 「風俗と福祉の連携を」と本書は訴える。突拍子もないアイデアにもみえるが、女性の貧困や母子家庭支援に関わる人たちの中には、なるほどと思う人もいるのではないか。困窮しながらも、公的支援よりも、性産業で働くことを選ぶ人は少なくない。彼らと言葉が繋がらない。  著者は、男性重度身体障害者への射精介助サービスを手がける非営利組織を立ち上げるなど、「性の健康と権利」をめぐる活動家。スティグマに目を曇らすことなく、性や障害をクリアに語る。私たちは導かれ、性産業の今日只今を見学する。  障害のある生活保護受給者の男性がデリヘルを経営して、儲けはいくら。妊婦・母乳専門風俗店の待機所兼託児所での人気紙おむつのブランドは? 「デブ、ブス、ババア」を集めた風俗店の女性たちは、店からどんな困窮支援を受けているか。  果ては現場で、若年困窮者への支援者や弁護士による、セックスワーカーに対するソーシャルワークが行われる。「セックスワーク」に対する善悪の判断を抜け出すことで見える、一つの可能性がそこにある。
聞く力、話す力 インタビュー術入門
聞く力、話す力 インタビュー術入門 TBSの記者として、ニュース番組のキャスターとして30年余り、千人超の人たち(政治家や経営者、スポーツ選手、俳優、音楽家、さらに事件、事故、災害の被害者やその家族など)に会い、話を聞いてきた著者の「インタビューの心得」を一冊としてまとめた。 「用意した質問(の紙)は手元に置くか」「あからさまに時計を見ないようにしよう」「ICレコーダーは回すのか」「できるだけ目線を同じ高さにしよう」「インタビューだからこそ聞けることがある」「相手が嫌がることをあえて聞くには」など豊富な経験をもとに語る具体的なアドバイスには説得力がある。  内向的で静かな少年だったという著者が、大人になって「聞く力」「話す力」を培うなかで、「最後にものをいうのは人間力」との考えにたどり着く。だが、どんなに経験を積んでも、「緊張も、反省もあり、同時に面白さ、奥深さを感じている」という言葉に著者の「誠実さ」が表れている。著者の講義を受けているような気持ちになる本書。インタビューの素晴らしさや可能性を、わかりやすく説いている。
東大駒場寮物語
東大駒場寮物語 東大駒場寮での無頼な暮らしを、寮委員長を務めたことのあるルポライターが綴ったノンフィクション。100年以上にわたる自治寮の歴史をひもときつつ、廃寮を通告された90年代に駒場寮に住み、さまざまな外圧から居場所を守るために闘った青春を記録する。  古くは、トイレまで行くのが面倒な寮生が上階の窓から「寮雨」を放っていたという、不潔さの代名詞のような空間だった。「麻雀太郎」と呼ばれ、3年間で体育実技の単位しか取っていないという伝説の先輩もいた。食事に関する不満を理由に暴動「賄征伐」を起こして退学処分になったが、復学のち首相になった平沼騏一郎。寮風呂の湯気を隔てて、落第点をつけた物理教諭が「小柴は寮の仕事ばっかりやって、さっぱりだめだ」と話すのを聞き、発奮して後にノーベル物理学賞を受賞する寮委員の小柴昌俊。そして犬鍋伝説をもつ畑正憲……。  寮をさまざまな紛争の根源地とみなし、廃寮に追い込もうとする大学側に抗い、著者は法的措置のとられた寮に最後、立てこもる。ひたすら泥臭い日々が刺激に満ちている。
揺れる移民大国フランス 難民政策と欧州の未来
揺れる移民大国フランス 難民政策と欧州の未来 2015年、シリアからヨーロッパ諸国に流れる人々の画とともに国内でにわかに関心を集めた移民問題。本書はNHKでリポーター経験のあるジャーナリストが、第2次世界大戦後、労働移民や政治犯などを包括的に受け入れるフランス社会の今をまとめたルポだ。 「イスラム国」のテロに象徴されるように、移民はしばしば社会への脅威として報道される。しかし「はたして実際にそうなのか」と、著者は繰り返し問いかける。両親を殺害され来仏したアフガニスタン出身の少年は、一度は自殺を企てるも、一般家庭へのホームステイなどを経て心の安寧を取り戻す。彼のように国境を越えてなお不安定な状況に置かれる者もいる一方、移民2世として修士号を取得、経営コンサルタントを経て校長になった黒人女性も登場する。  事例が伝えるのは一言に要約できない、個別の人生の重みだ。彼・彼女らが次にやって来るのは日本かもしれない。その時自分はどう対応するか、疑問をぶつけるつもりで読み進めたい。
海洋大異変 日本の魚食文化に迫る危機
海洋大異変 日本の魚食文化に迫る危機 近年の日本の海洋環境の変貌はおどろくばかり。十数年にわたり自らも潜水して取材を重ねた新聞記者が、ていねいに説き明かした。  縄文時代から食され、貝合わせや碁石にも使われてきたハマグリだが、干潟の埋め立てなどにより在来種は数を減らし、絶滅危惧種に。万葉集の大伴家持の歌に登場するニホンウナギも、養殖のための稚魚の乱獲などで同じく絶滅危惧種になった。乱獲といえば太平洋クロマグロの親魚は、かつての4%しか残っていないという。今や外来種のムール貝は日本のどの港でも普通に見られ、反対に、日本のワカメはニュージーランドで高さ2メートルほどにまで育ち、はびこっている。  海洋異変の原因は汚染や温暖化、二酸化炭素が多く溶け込んだ海水の酸性化などさまざまで、酸性化が進むとアワビやウニも壊滅的な打撃を受けるとされる。豊かな海を残すには、日々の暮らしを見直さなければならない。環境に配慮した漁による水産物には「海のエコラベル」が貼られているのでそうした品を買うことも一つの選択肢だろう。

特集special feature

    ポンコツズイ 都立駒込病院 血液内科病棟の4年間
    ポンコツズイ 都立駒込病院 血液内科病棟の4年間 「ポンコツズイ」とは、自身の体について評した著者の造語。33歳のときに100万人に5人の確率で発症する血液の難病にかかった女性の、ちょっと変わった闘病ドキュメンタリーだ。  著者はアパレル業界のフリーランス。仕事先の社長に緊急入院を告げた際は親身に心配され、病室で仕事を続けた。だが、ギャラの振り込みについて問い合わせた途端、「俺に色々と面倒を見ておいてもらいながら、どのツラ下げてギャラが足りないなんて言えるんだ」と罵倒され、逆に仕事の損金を引かれる。頼みの兄からは、まさかの骨髄移植のドナー拒否。父親はドラマの父を演じている風だし、母親は孫の世話で忙しく、若い担当医の点滴の手つきに不安は増す──。  白血病にかかった女優気分にハマりたくともさせてはもらえず、ときにコミカルに病院内のやりとりを綴っていく。  感情豊かでありながら、冷静で詳細な筆致ゆえに、本を閉じる頃には「特発性再生不良性貧血」という難病や患者への理解が増すことはまちがいない。
    桜前線開架宣言
    桜前線開架宣言 紀伊國屋書店新宿本店2階の文芸書棚に向かうと、ピンク色の表紙をした本がずらりとこちらを向いていた。若い人たちが次々と手にとっていく。表紙には「桜前線」の文字。この書棚は、まさに桜だった。  本書は、1970年以降に生まれた歌人の中から、著者が任意に40人を選び、解説を加えた現代短歌アンソロジーである。選定基準は「現代日本文化のエッジとして力を発揮している歌人たち」。結社に所属している歌人から、無所属でネットを中心に活動している歌人まで、さまざまだ。しかし、ひとつ共通点がある。それは「闘いを挑んでいる」という点だろう。システム化されてゆく世界への呪詛を叫び続けた中澤系。やる気がないと批判されながら「ごく普通の東京の青年」の言葉で歌い続ける永井祐──。  明治生まれの歌人・斎藤茂吉も、師である伊藤左千夫に反発し、闘いながら短歌の新しい時代をつくっていった。ここに選ばれた40人もまた、これからの短歌の新しい時代をつくり、引っ張ってゆく存在となるだろう。
    絶筆
    絶筆 マスコミに登場して以来、作家、歌手、テレビタレント、政治家などの顔で世間を挑発し続けた野坂昭如。だが、2003年、脳梗塞に倒れて以降はマスコミの表舞台から消えた。その後は、リハビリに励みながら暘子夫人による口述筆記で、精力的に文筆活動を持続したが、昨年12月9日、12年半に及んだ闘病生活に終止符が打たれた。85歳だった。  本書は、9年前から死の数時間前まで書き綴られていた「新潮45」に連載の「だまし庵日記」を軸に、闘病の折々に発表されたエッセイなどを交えて構成されている。日記には、その日の気候、食事のメニュー、体調の具合などが克明に記録されているが、随所に政治や社会情勢についての「野坂節」も現れる。  一貫して「戦後日本の繁栄は夢であった」と語り続けた野坂は、食糧、原発、沖縄、防衛などの問題に本気で取り組んだ作家でもあった。死の当日、日記の最後の一行にはゾッとするほど怖い言葉が刻まれている。「焼け跡闇市派」を自称した小説家だけに、この「予言」が的中しないことを願うばかりである。
    火野正平 若くなるには、時間がかかる
    火野正平 若くなるには、時間がかかる 浮名を流した女性は数知れず。別れても相手には恨まれない。「昭和のモテ男」火野正平。公共放送で日本中を自転車で走り回る現在の姿と往年のモテぶりにギャップを感じずにはいられないが、本書を読めば火野の変わらぬ魅力の謎が少しは解ける。  ハンターのように女性を追いかけていたと思いきや、「もともと向こうから電波を発信されてから、アンテナで捉えて受けに行くタイプ」と語る。感度抜群のアンテナとはいえ、恋愛は受信型というのは意外な一面。気負わず、無理せずを公私で貫く。  わからないものはわからないと公言し、見栄を張らない。自分にできないことは他者に求めない。良くも悪くも等身大。今よりも「男らしさ」が求められた時代に、ほどよく力が抜けた姿は女性を惹きつける磁力になっただろう。  男としては火野がいかにして女性を落としていたかが気になるところ。口説き文句も紹介されているが、本書を読み進めると、火野にしか似合わないと諦めてしまうのがモテない男の性かも。
    大変を生きる 日本の災害と文学
    大変を生きる 日本の災害と文学 地震、津波、噴火、台風、洪水……日本は驚くほど自然災害が多い。各時代の日本人がその中をどう生きぬいてきたか。“自然大災害(大変)が出てくる文学”を通して描いた一冊。 『方丈記』にある元暦2年の地震。東日本大震災まで国内最大だった宝永地震、1カ月半後の富士山宝永大噴火を書いた新井白石『折たく柴の記』。噴火の降砂に苦しむ農民のために奮戦する関東郡代を描く新田次郎『怒る富士』など、古代から現代まで災害の絡む27章からなる。  谷崎潤一郎『細雪』に出てくる阪神大水害は近代文学でも災害を描いた屈指の場面として知られるが、じつは同水害は戦時下の報道管制で広く国民に知らされなかった。それを描く谷崎に、著者は“時局”への抵抗を見ている。災害から眺めてみると、日本文学の別な姿が見えてくるのだ。  明治と昭和の三陸地震大津波の間を生きた宮澤賢治の姿もある。東日本大震災から5年の今年、まさに読むに相応しい本だろう。自然災害と日本文学を結んで書かれたものが今までなかったという事実にも、驚かされる。
    ラオスにいったい何があるというんですか?
    ラオスにいったい何があるというんですか? 本書は村上春樹氏が1995年から2015年まで、日本航空の機内誌AGORAなどの雑誌に掲載した紀行文集だ。  登場する土地はアメリカのボストン、ポートランド、アイスランド、『ノルウェイの森』を書いたギリシャのミコノス島、イタリアのトスカナ、そして題名ともなっているラオスのルアンプラバンなど。その土地への「ハルキ流アプローチ」として、たとえばフィンランドでは映画監督アキ・カウリスマキが経営する風変わりなバーに行き、作曲家シベリウスが人生の大半を送った山荘を訪れ、北欧の芸術的な側面を浮き彫りにしていく。また、日本の熊本県では夏目漱石が住んでいた家に上がり、三池炭鉱の一つ「万田坑」を見学して歴史遺産に思いを馳せつつ、「くまモン」にも着目し、その土地の歴史を浮かび上がらせていく。 「旅っていいものです。疲れることも、がっかりすることもあるけれど、そこには必ず何かがあります」(「あとがき」より)。訪れた土地の魅力だけでなく、「旅をする」ことへの哲学的な省察をも与えてくれる一冊だ。

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