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「大河ドラマ」に関する記事一覧

娘3人は天皇の后に 「引退」した直後に異国船襲来 勝ち抜けた藤原道長に残った「不安」
娘3人は天皇の后に 「引退」した直後に異国船襲来 勝ち抜けた藤原道長に残った「不安」 康保三年(九六六)、藤原道長は兼家の五男として誕生した。十五歳で「従五位下」、二十二歳で左大臣源雅信の娘倫子と結婚、翌年には源高明の娘明子を第二夫人として迎えた。倫子との間に二男四女、明子との間には四男二女を設け、そのうち彰子はのちに一条天皇、妍子は三条天皇、そして威子は後一条天皇の后となった。関白の地位で全盛を迎えつつあった長兄道隆と次兄道兼が疫病にて没し、「内覧」(関白に準じる職掌で、天皇に奏上する文書に前もって目を通す地位)の宣旨が出されたのが、道長が三十代に差し掛かった頃だ。順調な一方で、中関白家との確執もあり、人間関係に悩む日々が続いていた。関幸彦氏の新著『藤原道長と紫式部 「貴族道」と「女房」の平安王朝』(朝日新書)では、政治家としての最盛期を迎えた藤原道長の二十五年間が描かれている。同著から一部を抜粋、再編集し、紹介する。
道長は年上女子の“お眼鏡にかなった”好男子 女性たちのサポートで押し上げられた「運命」
道長は年上女子の“お眼鏡にかなった”好男子 女性たちのサポートで押し上げられた「運命」 永延元年(九八七)、藤原道長は二十二歳で宇多天皇の孫にあたる源雅信の娘倫子と結婚をしたが、この婚姻の成立には倫子の母の強い後押しがあった。またその翌年には、源高明の娘明子を第二夫人として迎え入れる。この仲立ちを積極的になしたのは道長の姉詮子だった。姉詮子は道長の関白(内覧)就任にも大きく関わっている。関幸彦の新著『藤原道長と紫式部 「貴族道」と「女房」の平安王朝』(朝日新書)から一部を抜粋、再編集し、年上女性に応援される道長の人間性を紹介する。
天皇が挑発した「女性が鬼に食われた」場所での肝試し 「いとさりげなく」こなした藤原道長の豪胆
天皇が挑発した「女性が鬼に食われた」場所での肝試し 「いとさりげなく」こなした藤原道長の豪胆 寛和元年(九八五)五月下旬の闇夜、花山天皇の遊び心から、闇夜の肝試しをすることになった道隆・道兼・道長の三兄弟(「三道」)は、それぞれの指定の場所へ向かう。当時は、物怪や鬼神は日常のものであり、兄2人が恐れをなすなか、道長は堂々と柱まで削って戻って来た。関幸彦氏の新著『藤原道長と紫式部 「貴族道」と「女房」の平安王朝』(朝日新書)では、『大鏡』〈道長伝〉の中で描かれた藤原道長の豪胆さを表すエピソードを紹介している。一部を抜粋、再編集し、紹介する。
貴族政治の頂点に立った道長の対人スキルと、優雅さだけではない時代の風の“つかみ方”
貴族政治の頂点に立った道長の対人スキルと、優雅さだけではない時代の風の“つかみ方” 生きていく上で、人間関係のストレスは避けては通れないもの。それは当然ながら、藤原道長や紫式部が生きた時代にも共通していた。日本史上最も長い平安時代は、平安京にイメージ化される時期と、それから脱皮して京都と呼称される段階とに区別できる。十世紀以降の後者の“王朝時代”について、人物を介して時代を見直すアプローチを行ったのが歴史学者の関幸彦氏だ。関氏の新著『藤原道長と紫式部 「貴族道」と「女房」の平安王朝』(朝日新書)から一部抜粋、再編集し、紹介する。
貴族の必須アイテムは「和歌」と「管弦」 道長と紫式部が生きた時代に起きた激動とは
貴族の必須アイテムは「和歌」と「管弦」 道長と紫式部が生きた時代に起きた激動とは 藤原道長や紫式部の時代は、東アジア世界の転換期にあたっており、その影響は日本にももたらされた。歴史学者の関幸彦氏は、古代律令システムが中国(唐)を“お手本”としたのと比べると、『源氏物語』を誕生させた王朝時代は、“お手本”が希薄になっていった段階だと説く。「真名」(漢字)から「仮名」(平仮名・片仮名)への転換、天皇号の漢風表現からの脱却は、大陸的文明思考からの離脱を意味するものだった。関氏の新著『藤原道長と紫式部 「貴族道」と「女房」の平安王朝』(朝日新書)から一部抜粋、再編集し、紹介する。
優雅で、女性にはマメで…光源氏は貴族の「あるべき姿」 虚構の『源氏物語』が伝える真実
優雅で、女性にはマメで…光源氏は貴族の「あるべき姿」 虚構の『源氏物語』が伝える真実 五十四巻にわたる長編の大河小説『源氏物語』は、平安時代の大ベストセラーである。さらに後世にも絶大なる影響を与え続け、紫式部は男女の秘事を広めたため成仏できなかったという伝承まで広まった。『源氏供養』は式部の霊を供養することに力点がおかれた異色の作品である。歴史学者・関幸彦氏は、小説とはいえ、『源氏物語』がある種の実在性を以て、王朝貴族たちに迎えられていたことは間違いないと指摘する。関氏の新著『藤原道長と紫式部 「貴族道」と「女房」の平安王朝』(朝日新書)から一部抜粋、再編集し、紹介する。

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紫式部が地獄に堕ちた?異色の能の内容とは 貴族の心をつかんだ『源氏物語』
紫式部が地獄に堕ちた?異色の能の内容とは 貴族の心をつかんだ『源氏物語』 平安時代四百年。日本史上、これほど長い時代は他にはない。歴史学者・関幸彦氏は、この長期にわたる時代を、平安京にイメージ化される時期と、それから脱皮して京都と呼称される段階とに区別した。十世紀以降である後者の“王朝時代”について再考していく。藤原道長と紫式部に象徴されるこの時代は、優雅さや弱々しさとは異なる面も持ち合わせていた。まずは能の舞台ともなった『源氏供養』を元に、『源氏物語』の意味を関氏の新著『藤原道長と紫式部 「貴族道」と「女房」の平安王朝』(朝日新書)から一部抜粋、再編集し、解説する。

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    「どうする家康」の現場を見に行く! 三英傑の足跡をたどる名古屋旅【保存版】 松本潤が徳川家康を演じるNHK大河ドラマ「どうする家康」は、7月23日放送の第28話が「本能寺の変」。SNSではオンエア前から、「家康黒幕説?」「家康と秀吉の共謀説?」などと物語の展開予想が白熱。戦国の世をしたたかに生きた信長、豊臣秀吉、家康の「三英傑」に改めて注目が集まっている。
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    徳川家康の運命を変えた「桶狭間」は信長の奇襲ではなかった! 城から読み解く勝利の秘密と家康の性格 2023年のNHK大河ドラマ「どうする家康」が始まった。初回でさっそく描かれた「桶狭間の戦い」だが、これまで織田信長の奇襲の結果と言われてきたこの戦、近年は戦いの最初からイニシアチブを握っていたのは信長だったと、従来の説への見直しが迫られている。
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