「今週の名言奇言」に関する記事一覧

温泉妖精
温泉妖精
黒名ひろみ『温泉妖精』。2015年のすばる文学賞受賞作である。  主人公の岡本絵里は神戸在住の27歳。容姿にコンプレックスを抱いていた絵里は美容整形で目と鼻をいじり、髪を脱色し、青いカラーコンタクトを入れ、外国人のふりをして温泉旅館に泊まるのが趣味である。彼女の楽しみはハンドルネーム「ゲルググ」のブログである。性別は男という以外正体不明のゲルググは「ネタバレ宿泊記」と称するブログを週に1度更新していた。 〈旅館大舞龍の湯は今思い出してもはらわたが煮えくり返るくらいの三流旅館だ。料理は器が豪華なだけ。飯は冷えているし、松葉ガニは痩せこけている。仲居のオバハンは歯周病らしく口が激クサ、肩にはフケが散って清潔感ゼロ。部屋の暖房は利きが悪く、朝起きたら凍死寸前〉  なんともはや。ところが、そのゲルググが唯一酷評せず、小さな岩風呂の画像とともに〈また来てしまった〉とだけ書く旅館があった。何度も登場するこの旅館「花」に絵里はどうしても泊まりたくなり、神戸から長時間かけて訪れるが……。  ダメ女とダメ男、そしてダメ温泉旅館の物語である。外国人を気取って〈わたし、ニホンゴ、チョットしゃべれます〉などとたどたどしくしゃべる絵里も絵里だが、水道水を沸かして温泉の素を入れている旅館も旅館。しかもここで出会ったゲルググとおぼしき男がまたアレで。  とはいえダメにはダメの理由があるわけで、彼らが抱える孤独は大変現代的である。おバカに見える絵里も低賃金の介護施設で働いている。ネット空間とは孤独な者たちが群れる場なのかもしれず、そんな者たちがリアル旅館で出会ったらどうなるか、というちょっと意地悪なシミュレーション小説ともいえるかも。 〈童貞の男は四十過ぎると妖精になると言われている。ネットの世界で流れるファンタジーだ〉  妖精という可愛らしい言葉のイメージを逆転させる表題の妙。まあでも「花」には泊まりたくないな。
今週の名言奇言
週刊朝日 2/25
死んでいない者
死んでいない者
85歳(86歳?)で逝った、ある者には父、ある者には祖父の通夜に親族一同が集まる。今期芥川賞を受賞した2作のうちの一作、滝口悠生『死んでいない者』は、そんな一族郎党の一夜を描いた物語である。  これを一言でいえば「家系図が必要な小説」だろう。次々登場する人物の相関関係はもうチンプンカンプン。〈いちばん年長がさっきから話に出ている寛だ。死んでなければ三十六になるのか。その弟の崇志は葬儀に来ているが、末弟の正仁はさっき崇志が言っていた通り鹿児島にいて今日は来ていない。崇志が三十二、正仁は三十になったかならないかぐらいだ。春寿たちを乗せて風呂に行った紗重は二十八で、故人と同じ敷地で暮らしていたにもかかわらず葬式に来ていない美之は二十七だ〉  こんな説明を急にされても、ねえ。だから故人と幼なじみの「はっちゃん」はいうのである。〈誰が誰だか全然わかんねえよ〉。  その通り! 故人の5人の子どもと10人の孫の全貌がつかめない。それがむしろこの小説の企みなのだ。葬式に集まった親類一同なんてそもそも「あれは誰?」「あの子は誰の子?」の世界でしょう?  一族の中には必ず一人二人は問題児がいるもので、行方知れずの「寛」について〈刑務所にいる。/ホームレスになっている。/死んでいる〉などの憶測が出たりするものの、誰も深入りはせず、酒を飲んだり銭湯に行ったりで夜はふけていく。 『死んでいない者』とは葬式に集まった故人以外の者、の意味。ただ、ふと妙な気分になる。これだけの人数の心の内に入り込める語り手とは誰なのか。もしかして死者? 〈俺たちは子ども五人とも無事に育って、そんなありがたいことないわけだが。/ほんとに。/しかし夫婦というのも、必ずどちらかが先に死ぬわけで。/そうねえ〉とは故人と先に死んだ妻との過去の会話だが、まるで死んだ者同士の会話のよう。棺の中から「死んでいない者」を観察したらこうなのかも!
今週の名言奇言
週刊朝日 2/18
拉致被害者たちを見殺しにした安倍晋三と冷血な面々
拉致被害者たちを見殺しにした安倍晋三と冷血な面々
『拉致被害者たちを見殺しにした安倍晋三と冷血な面々』。激烈なタイトルである。著者はかつて「北朝鮮による拉致被害者家族連絡会(家族会)」の事務局長を務めていた蓮池透さん。2002年に帰国した拉致被害者・蓮池薫さんの兄である。 〈いままで拉致問題は、これでもかというほど政治的に利用されてきた。その典型例は、実は安倍首相によるものなのである〉と怒りを込めて蓮池さんは書く。彼らは〈北朝鮮を悪として偏狭なナショナリズムを盛り上げた。そして右翼的な思考を持つ人々から支持を得てきた〉。〈しかし、そうした「愛国者」は、果たして本当に拉致問題が解決したほうがいいと考えているのだろうか?〉  02年10月、5人の拉致被害者が「一時帰国」した際、当時の官房副長官だった安倍首相や内閣官房参与だった中山恭子参院議員に彼らを奪還する意思はなく、日程を消化するだけだった。そんな裏話に加え、批判の矛先は多方面に及ぶ。複数の外交ルートを嫌って事態を悪化させた外務省。「家族会」を事実上乗っ取った「救う会」。思考停止に陥ってステレオタイプの北朝鮮批判報道を垂れ流し続けたマスコミ。圧力団体としての力を持つと同時にアンタッチャブルな「聖域」と化した家族会。  本書の価値はしかし、関係者への批判に終わらず、右翼的な政治家に利用された自身の言動への反省と、拉致問題解決への具体的な道が示されている点だろう。小泉訪朝の頃、テレビに登場し「拉致問題の解決には経済制裁しかない」などの主張を繰り返す「蓮池兄」に私はあまりいい印象を持っていなかった。しかし、いま彼は書く。〈経済制裁に有効性がまったくないことは、無為に経過した時間が証明している〉  1月12日の衆院予算委員会で、本書の内容について質問された首相は「私の言っていることが違っていたら、私は辞めますよ。国会議員を辞めますよ」と声を荒らげた。ならば辞めろよ。そう思わせるに十分な覚悟の一冊。オススメである。
今週の名言奇言
週刊朝日 2/12
異類婚姻譚
異類婚姻譚
異類婚姻譚とは、もともとは昔話に特徴的な物語のパターンのひとつである。有名なのは鶴の恩返し(鶴女房)や雪女。人間と人間以外のものが結婚するというお話である。  今期芥川賞受賞作、本谷有希子『異類婚姻譚』はしかし、人間同士の結婚生活を描いた小説だ。〈ある日、自分の顔が旦那の顔とそっくりになっていることに気が付いた〉という「私」。結婚してもうすぐ4年。「私」は専業主婦である。夫はバツイチだが、人並み以上の収入があり、〈無理して働かなくても大丈夫〉という申し出に喜んで飛びついた。ところが結婚後の夫は〈俺は家では何も考えたくない男だ〉といいだす。 〈「あっ。」/私は思わず大きな声をあげていた。/旦那の目鼻が顔の下のほうにずり下がっていたのだ。/瞬間、私の声に反応するかのように、目鼻は慌ててささっと動き、そして何事もなかったように元の位置へ戻った。私は息を呑んだ〉  まるで旦那という名の妖怪である。長年連れ添った夫婦の顔や、ペットと飼い主の顔が似てくるというのはよく聞く(よく見る?)話ではあるけれど、その種の微笑ましい話題とは異なり、結婚生活の不気味さがじわ~っと浮かび上がるのがこの作品の妙味。ソファに寝そべり、愚にもつかないテレビやゲームにウツツを抜かし、〈楽をしないと死んでしまう新種の生きもの〉のような夫。〈いつの間に、私は人間以外のものと結婚してしまったのだろう〉  問題は「私」が夫に似てきたのか、夫が「私」に似てきたのかだ。ぐうたらな夫が妖怪なら、妻も妖怪かもしれないわけで。かくて待っているのは思いがけない結末である。 〈旦那はもう、山の生きものになりなさいっ〉〈あなたはもう、旦那の形をしなくていいから、好きな形になりなさいっ〉。そういわれた夫はどうなったか! 現実と非現実の境界を巧みな筆致で描いてきた本谷有希子らしい一編。配偶者の目にはあなたも「人間以外のもの」と映っているかも。ご用心!
今週の名言奇言
週刊朝日 2/4
やせれば美人
やせれば美人
ダイエット本は数あれど、ダイエットをするするといいながら、しない人の本は珍しい。しかもレポーターは夫、レポートの対象は妻。  高橋秀実『やせれば美人』は〈妻はデブである。/結婚前はデブでなかったが、結婚してからデブになった〉と書いて憚らない夫による、汗(はあんまりかかないが)と涙(もあんまり出ないけど)と笑い(苦笑?)のノンフィクションだ。 〈やせれば美人〉はそもそも妻の口癖だった。学生時代は158センチ、48キロ。20代は50キロ台をキープするも、結婚5年目、30代で60キロを超え、70キロ台も超え……。〈私は努力しないで、やせたいのよ〉と真顔でいい、やってみたいダイエットは?と問う夫に〈朝、目が覚めたらやせてた、っていうやつ〉と答える妻はなかなかの傑物だ。  しかし、夫はノンフィクション作家である。ダイエットとは何かを求めて、語源を調べ、関連書を読み、体験者を探して(もちろん妻といっしょに)話を聞き……。その態度はさながら求道者のごとし。ウエストとはどの部分か、9号・11号・13号というサイズの根拠は何か、食品のカロリーや基礎代謝量の科学的根拠は何か。体形の問題は山のような情報と数字に囲まれているのだった。  それで何がわかったかというと、ダイエットとはたぶんに精神の問題であるってことですかね。  ある女性は「ダイエットはロマンスである」といいきった。真偽のあやしい体験談でも〈女性たちはこれらを読んで擬似体験するんです。自分もこうなれるんじゃないかしらとか、自分がこうなったらどうかしらとか。要するに“夢”を見るんです〉。  3年後、夫は衝撃の事実を知らされる。最大時に比べてなんと11キロ減。〈結局ダイエットしなくても、体重は減るものなんですね〉と感心する夫に妻はいった。〈ずっと、ダイエットしてたじゃないの!〉  じつはこれ、10年前の本の復刻版。すると現在の妻は? 大丈夫。期待は裏切られません。
今週の名言奇言
週刊朝日 1/28
ドルフィン・ソングを救え!
ドルフィン・ソングを救え!
ときは2019年。「私」こと前島トリコは45歳。結婚歴なし、子どもなしのフリーターである。ネットに逃避していたが、あるマンガを読んでショックを受け、〈人生は一度だけ。なのに私は無為に過ごしてしまった〉と思ったトリコは睡眠薬をひと瓶飲んで自殺を図った。目が覚めると、そこは1989年1月。バブル真っ只中の渋谷だった。  樋口毅宏『ドルフィン・ソングを救え!』はそんな設定ではじまる虚実ないまぜになったタイムトリップ小説だ。89年に飛んだトリコは〈これは生き直しのチャンスを与えられたのだ〉と考える。ならば何をすべきか。〈私はひとつの決断へと導かれていく。/私がドルフィン・ソングの殺人事件を阻止する〉。 「ドルフィン・ソング」とは島本田恋(ボーカル)と三沢夢二(ギター)の二人の男性によるユニットで(「フリッパーズ・ギター」を彷彿させぬでもない)、90年前後に人気を博したが、91年10月27日、夢二が恋を刺殺して必然的に解散。夢二には死刑判決が下った。夢二が獄中で書いた小説が新人文学賞の佳作をとって芥川賞候補にもなったが、事件から16年後、夢二の刑は執行された。  青春のすべてだったドルフィン・ソングの事件を阻止すべく、一念発起したトリコは音楽ライターとなって存在感を発揮していくが……。  なんというか、派手な設定の小説である。タイムトリップ、音楽業界、雑誌業界。バブル期のさまざまな風俗や音楽方面のトリビアルな知識を織り込みながら物語は進行し、〈歴史よ、私はおまえの言いなりにはならない〉とうそぶくトリコは、夢二と恋愛関係にまで発展するのだ。  ただし、いまいち物足りないのはアイディアに文章が追いついていないせいかも。既存の作品からの引用やパスティーシュもいいが、こだわりや書き込みが圧倒的に足りない。読者を巻き込むにはこの2倍のボリュームは必要だ。初出は雑誌「ブルータス」。当時をノスタルジックに思い出すだけならいいけどね。
今週の名言奇言
週刊朝日 1/21
23区格差
23区格差
地方と東京の格差は広がる一方だが、東京23区内にも格差が存在する。各種データでそこを分析したのが池田利道『23区格差』である。  まず、所得水準から見ていくと23区のトップ3は、港区の904万円、千代田区の763万円、渋谷区の684万円(2012年)。これは全国の市区町村別所得水準ランキングのトップ3とも重なり、4位に兵庫県芦屋市、9位に東京都武蔵野市がランクインしている以外、トップ10のうちの8件までを23区が占める。ちなみに12年の東京23区の平均所得水準は429万円。港区の住人とはどんな人たちなのか。  港区が日本一リッチなまちになったのはごく最近のこと。03年に六本木ヒルズがオープン、以後、汐留シオサイト、東京ミッドタウン、赤坂サカスと、高級レジデンシャル機能を備えた大規模施設が誕生した結果、人口増加率が上がり、高額所得者が港区に集中したのである。 「田園調布に家が建つ」がお金持ちのイメージだった時代ははるか昔で、今日のセレブというか成り金は要するに都心に住みたがるのだね。  一方、所得水準が最下位なのは足立区の323万円。それでも全国平均の321万円より高く、大阪市や札幌市より上位にランクする足立区は全国的に見れば勝ち組なのだが。  上位グループと下位グループの区を比較して、著者が特に問題にするのはまちの新陳代謝である。転入率も転出率も高く、定住率(20年以上住み続けている人の割合)が低い区ほど、子どもの数が多く活気があって経済力も高いのだと。  とはいえ港区のタワーマンションで暮らすだけが幸せな人生ともいえないからな。じつは23区中、離婚率がもっとも高い区も港区なのだ。離婚後、彼らはとっとと港区を出てしまうらしい。東京はやっぱり見栄っ張りが多いまち。その点、〈足立区は「本音」で生きることを許すまちではないだろうか〉。無理矢理救っている気がしないでもないけれど、案外当たっているのかも。
今週の名言奇言
週刊朝日 1/14
95(キュウゴー)
95(キュウゴー)
早見和真『95(キュウゴー)』は2015年12月29日の渋谷からはじまる。「僕」こと広重秋久は37歳。すでに7歳の娘もいて、本人はすっかり「オッサン」の気分である。  その「僕」に母校・星城学院高校の現役女子高生からメールが届く。高校の卒業制作で社会的な関心事の多かった1995年をテーマにしたい。〈つきましてはその頃に星学で学ばれていたOBの皆様にお話をうかがいたく〉。かくして「僕」の意識は17歳だった20年前へと一気に引き戻されるのだが……。  アイディアはいいんだよねアイディアは。95年はいうまでもなく阪神・淡路大震災で明け、オウム真理教事件に揺れた年。「僕」も3月20日の地下鉄サリン事件で、人生が変わった口だった。死を身近に感じて〈何かが変わってしまったという確信があった〉という「僕」に、同級生から電話が来たのだ。〈お前、そろそろ土俵に上がれよな。チャンスなんか何度もないぞ。ビビってるうちにいろいろなものが過ぎていく〉。平常心を失っていた「僕」は彼のグループに加わり、ここからめくるめく青春のドラマがはじまる。  ね、おもしろそうでしょう。なんだけど、どうもアイディア倒れの感ありで、95年と2015年の対比も曖昧、17歳と37歳の意識の差も曖昧。しかも「青春」の中身の陳腐さは、なんとかならなかったのか。  もっとも20年前らしさは随所にあって、連絡を取り合うのはLINEでもメールでもなくポケベル。仲間内の女子には援助交際に走る子あり。高校生の間では雑誌がまだ読まれており、テレビではいしだ壱成主演の『未成年』が流れていた。  20年後の大晦日に集まろうという会話もそう。〈「でも、地球って1999年に終わるんだよな?」/「終わらせるかよ。俺が終わらせないでやる」〉。当時はまだノストラダムスの予言前の時代だったのだ。37歳になった彼らは、無事集まれただろうか。大工事中のいまの渋谷は、ひどく煩雑になっているしね。
今週の名言奇言
週刊朝日 1/7
戦争と読書
戦争と読書
11月30日に93歳で他界した水木しげるさんは、1943年4月、美術学校への進学を目指して夜間中学で学んでいた頃に臨時召集の令状を受け取り、5月に出征した。  水木しげる+荒俣宏『戦争と読書』の副題は「水木しげる出征前手記」。水木がまだ20歳だった1942年10月から約1カ月にわたって綴った手記(+戦地などから送った書簡)に、水木の門弟を自認する荒俣宏が長い解説をつけた本である。  当時の水木は徴兵検査を受けた直後と推測される。〈それまでに形成してきた水木しげるのイメージが、一変しました〉と荒俣が書くように、本書から浮かび上がるのは、ひょうひょうとした自由人としての水木しげるではなく、他の青年と同じように悩み苦しむ20歳の武良茂(水木の本名)の哲学する姿である。 〈画家だろうと哲学者だろうと文学者だろうと労働者だろうと、土色一色にぬられて死場へ送られる時代だ。/人を一塊の土くれにする時代だ。/こんな所で自己にとどまるのは死よりつらい〉〈幸福とは将来を空想するにすぎぬ。生は苦だと言ふ事。明白に知る事が必要だ〉  新約聖書を読み、ニーチェに共感し、エッカーマンの『ゲーテとの対話』に心酔した水木。「生きて虜囚の辱めを受けず」という圧力の下、死への恐怖や不安すら口にできなかった異常な時代だ。それまで無縁だった死への恐怖がいよいよ現実となった若者たちは、切実な欲求から哲学書に向かったのだと荒俣はいう。 〈読書は吾を救ふてくれた。/世に文字なかりせば吾は今頃如何なるものとなつていたか。/思へば読書は恩人である。教師である。吾に於ては、正に唯一の教師であつた〉  平時の知識人の口から出たのだったら聞き流しそうなこんな言葉も、言論が封殺され、活字が払底していく時代の手記にしたためられた言葉だと思うと重みがちがう。哲学や教養は極限状態の人を救うのだ。水木さんは南方の戦線から生還したが、まるで20歳の遺書のよう。
今週の名言奇言
週刊朝日 12/17
ドール
ドール
今年の文藝賞受賞作、2作のうちのもう一作は山下紘加『ドール』。作者は21歳の女性である。  語り手の「僕」こと吉沢は中学2年生。小さい頃から〈他の男の子達のように戦闘ごっこや、テレビゲームで遊ぶよりも、人形と遊ぶのが好きだった〉という男子である。  その彼が公園の草むらで人形を拾ったのをキッカケに、ネット通販でラブドール(性処理のための人形)を購入したところから、物語は転がりはじめる。届いた人形を丁寧に組み立て、ユリカと名づけた吉沢は彼女との付き合い方を計画する。 〈初めの一ヶ月は仲を深め合う期間として、軽いスキンシップをし、次の一ヶ月間でキスをし、そしてさらに次の一ヶ月間、つまり今から三ヶ月後に彼女とセックスをする──〉  一般的な感覚でいえば、まあ変態的な少年であろう。でも彼はまだ14歳。14歳の少年少女なんて、みんな変態だともいえるしね。実際、彼は自分がどう見えるかも知っていて、その対策も怠らない。  一方、学校での彼はいわゆる「いじめられっ子」である。同級生の今泉らの標的にされており、執拗ないじめは止むことがない。あるときはパンツを脱がされ、あるときは女生徒の机にコンドームを入れろと強要され。生きた人間とどうコミュニケートしていいかわからない彼は、友達になれそうだったクラスメートの長谷川や後藤由利香にも、ひどい仕打ちをしてしまうのである。  長谷川にユリカの存在を知られ、「等身大の人形だろ、性処理目的の」と指摘された彼は「違う!!」といいはる。〈普通に、一緒にご飯を食べたり、手をつないだり、そういうのを、そういうことを、してるだけなんだよ、僕達は〉。  少年事件が描かれているわけではないものの、このまま行けば……と思わせるスリリングな展開。事件につきものの「心の闇」なんて言葉は無意味である。〈僕は、友達というものが、よくわからなかった〉。案外これが本音かもわからないのだ。
今週の名言奇言
週刊朝日 12/10
地の底の記憶
地の底の記憶
プレスリリース用資料の惹句が目を釘付けにする。〈ガルシア=マルケスの驚異的な幻想、フォークナーの壮大な熱量〉。畠山丑雄『地の底の記憶』。今年の文藝賞受賞作、2作のうちの1作である。 〈宇津茂平(うづもひら)はなだらかな湿地帯が広がる日本海側の平野である〉と小説は書き出される。平野の中央を東から西に流れる宇津茂川。小学6年生の岩倉晴男はある日、同級生と3人で川の上流に水車小屋を見つける。後日訪れた水車小屋には、青田守と名乗る男が妻と住んでいた。ただし、青田の妻は「人形」だった……。  こうして物語は、晴男たちの冒険をからめつつ、宇津茂平100年の歴史と土地の伝説を追っていく。  宇津茂平を特徴づけ、かつ物語を大きく左右するのは電波塔(極東無線電信局 宇津茂平町送信所)と鉱山だ。第1次大戦後の1920年、日本軍の情報収集のために建設された電波塔は建設25年後にお払い箱となり、一時は宇津茂平のモニュメントとして人気を博すもすでに忘れ去られていた。一方の鉱山は1895年に宇津茂川の上流で褐鉄鉱の露頭が発見されたのを機に開発され、1910年、宇津茂平沖で座礁したロシア商船の艦長が買い取ったが、資源の枯渇や鉱毒問題により、1947年に閉山した。──とかなんとか、もっともらしいではないか。架空の土地の架空の歴史だってのに。  電波塔も鉱山も子どもを(ある種の大人も)ワクワクさせるアイテムだ。そこに過去の愛憎劇をからませて読ませるテクは一級品。作中には〈歴史と「お話」の境界はひどく曖昧である。歴史の下には、広大な闇に覆われた、混沌とした「お話」の層が存在している〉なんて開き直り(言い訳?)めいた一文も。  ガルシア=マルケスでもいいんだけれど、この感じはそうだな、横溝正史風かな。作者は1992年生まれの京大生。同じく京大生だった平野啓一郎のデビュー作『日蝕』とか万城目学とかに近いテイストもあり。作り話に賭ける情熱に脱帽だ。
今週の名言奇言
週刊朝日 12/3
優しいサヨクの復活
優しいサヨクの復活
1983年の島田雅彦のデビュー作『優しいサヨクのための嬉遊曲』は、旧左翼に引導を渡すような小説だった。「もう君たちの時代は終わったんだよーん」みたいな。  その島田雅彦が、いったいどうしたんだ、政治を語ってる! 書名はしかも『優しいサヨクの復活』。 〈政権中枢にいる人々の折々の発言には唖然とするばかりで、ある朝目覚めたら、日本は全体主義国家になっていたようなものである〉。そんな「悪い冗談」みたいなこの国への、これは本気の処方箋なのだ。  極右クーデターに等しい現政権がなぜ誕生したかを分析し、バリケードとしての日本国憲法の価値と使用法を提言し、アメリカの軍事的思惑を推理し、日中米の外交バランスを『三国志』になぞらえ、北方四島・尖閣・竹島の領土問題については大胆な構想を示し、天皇の戦争責任と歴史認識問題を解きほぐし、中韓とのコミュニケーションの方法を語り、もう八面六臂である。下手な政治学者や社会学者のモゴモゴしたご高説よりずーっと明快。これ1冊で戦後政治をほぼ把握できそうだ。  作家は憂えているのである。今日の永田町は〈民主党政権時代に左派のポテンシャルを使い切ってしま〉い、〈社会民主系の中道左派もほとんど埋没し〉た結果、〈与党もウヨク、野党もウヨク〉な状況に。〈戦争に前のめりになっている安倍政権の政治的決定は、国家を自殺に追いやるようなものだ〉ってことに。だからこう宣言するのである。 〈戦後の政治的経緯を振り返ると、いまこそサヨクの存在価値を見直すときが来たと思う〉  この夏、安保法制に反対する学生たちが路上で抗議する姿を見て、政治に無関心だった過去を恥じ、〈政権支持派やネトウヨに攻撃される優しいサヨクの息子、娘たちを援護したいと思った〉と述べる島田雅彦は法政大学の教授でもある。  中立ぶってる連中のわけ知り顔な民主主義論は役に立たない。学生諸君はこういうのを読まなくちゃ。
今週の名言奇言
週刊朝日 11/26
この話題を考える
「怖い」で満たされる

「怖い」で満たされる

【AERA 2025年2月24日増大号】近年、ホラー系のコンテンツが盛り上がりを見せています。不気味な企画展に長蛇の列ができ、本のベストセラーランキングではホラー小説が上位にランクイン、映像作品も続々誕生しています。なぜ人は恐怖を求めてしまうのでしょうか。令和のホラーブームの正体とは──。

怖い
エマニュエル・トッドが語る

エマニュエル・トッドが語る

【AERA 2025年2月17日号&2月24日号】「アメリカ・ファースト」を掲げるドナルド・トランプ氏が米大統領に再就任しました。就任直後から大統領令を頻発し、高関税を材料に他国とディール(取引)。アメリカ国内ばかりでなく国際情勢も混迷に陥っています。今後、世界や日本はどうなるのでしょうか。家族人類学者のエマニュエル・トッド氏のAERA独占インタビューをお届けします。

トッドが語るトランプ
「仕事×幸せ」の法則

「仕事×幸せ」の法則

【AERA2025年2月17日号(2月10日発売)】 最近、幸せを感じたのはいつですか? お金や地位だけでもなくやりがいだけだけでもない、「客観的Well-being」と「主観的Well-being」のバランスの最適解を探り、自分なりの「幸せの法則」を見つけませんか。

仕事と幸福度
地球はもう温暖化していない
地球はもう温暖化していない
国連機関IPCC(気候変動に関する政府間パネル)が第1次報告書でCO2による地球温暖化を唱えたのは1990年。いまから25年前である。以来「二酸化炭素(CO2)が増えて地球が温暖化している。このままでは大変なことになる!」という言説が広く流布されてきた。  ところが、深井有『地球はもう温暖化していない』は断固として主張するのだ。〈実際に温暖化が起こっていたのは7~8年に過ぎず、その後、世界の平均気温は頭打ちになって、今はむしろ下降傾向にある〉  そもそもCO2は悪者なのか。とんでもない。植物にとって光合成に必要な大気中のCO2は多いほどよいのであって、実際、砂漠化が進むという喧伝に反し、CO2の増加でいまは砂漠の緑化が進んでいる。  温暖化はよくないことなのか。いやいや。過去2千年の気温の変化を見るだけでも、温暖期と寒冷期がくり返されている。西暦1000年頃の温暖期は豊かな平安時代、1600年代の江戸時代前半は寒冷期で飢饉が頻発した。温暖化は人間に対して何の不都合ももたらさない。  いわれりゃたしかに……。IPCCは科学より大義を重んじる「温暖化ムラ」であり、多くの先進国はすでに国連主導の温暖化キャンペーンから距離を置きつつある。知らぬは日本ばかりなりと著者はいう。  気候変動は主として太陽活動に支配されてきた。そして近年の研究では、太陽活動は今後、数十年~100年で弱まり、〈これまで数百年ごとに訪れて、たびたび飢饉をもたらした小氷河期がまさに再来しようとしている。温暖化よりは寒冷化に備えなくてはならないのだ〉。  そういえば、ここ2~3年、欧州や北米には大寒波が襲来して、死者が出ている。2014年の冬は日本も大寒波に襲われ大雪が降った。今冬の長期予報はどうなのか。  まさかと思う方は一読を。副題は「科学と政治の大転換へ」。数年後にはこっちが正論になるにちがいないと私は確信しちゃったよ。
今週の名言奇言
週刊朝日 11/19
1行バカ売れ
1行バカ売れ
たった1行の言葉で商品が爆発的に売れだす。〈もし、あなたが、そんな1行を書くことができたら?/人生が変わると思いませんか?〉  思う思う、人生変えたい!  商品広告だけではありませんよ。〈プレゼンは印象に残るフレーズがあるかどうかが採用の決め手になります〉し、〈リーダーシップも同様です〉。〈短く的確な1行で指導できてこそ、人はついてきます〉  そんな巧みな言葉で釣りながら、人の心をつかむ1行の極意を教えてくれるのが川上徹也『1行バカ売れ』だ。常套句を避ける、言葉の組み合わせを考える、受け手に「分と関係がある」と思ってもらうなどの理屈もだけど、眼目はやはり「1行」の実例だろう。 〈ハインツのケチャップは、/おいしさが濃いからビンからなかなか出てこない〉は欠点を逆手にとった60年代アメリカの広告の成功例。〈ハンカチ以来パッとしないわね、早稲田さん。/ビリギャルって言葉がお似合いよ、慶應さん〉は2015年の東京六大学野球早慶戦のポスター。〈包まぬ豚は、ただの豚〉はサムギョプサル専門店のキャッチコピーだ。〈吸引力の変わらない、ただ一つの掃除機〉〈キスより、濃厚〉〈芸能人は歯が命〉といった広告が人を惹きつける秘密も解明される。  特に感嘆すべきはデメリットを強調した1行だ。〈只今販売しておりますグレープフルーツは、南アフリカ産で酸味が強い品種です。/フロリダ産の美味しいグレープフルーツは12月に入荷予定です〉などのPOPで客の信用を得ているスーパー。〈入りづらい? 大丈夫だよ、たいした店じゃないから〉の垂れ幕で客を増やした西洋風居酒屋。「おもしろければ勝ち」みたいなコピーライトの全盛期とは違い、現代は正直パワーの時代なのかも。  さる地方都市の人気回転すし店のメニューには「桜鯛のかぶと揚げ」の脇に〈言っておきますが、骨だらけです〉。シビレる強さだ。口の中をケガしてもいいと思わせる。
今週の名言奇言
週刊朝日 11/12
淳と隆のなんだかおかしいニュースの裏側
淳と隆のなんだかおかしいニュースの裏側
テレビの報道はなぜ自主規制だらけなのか。第2次安倍政権はなぜ延命に成功しているのか。ネトウヨにはどう対処すべきなのか。  旬な話題が次々登場。『淳と隆のなんだかおかしいニュースの裏側』はロンドンブーツ1号2号の田村淳とジャーナリストの上杉隆が語り下ろした新刊書だ。二人は「淳と隆の週刊リテラシー」(TOKYO MXテレビ)でレギュラーを務める仲。〈この番組にゲストとして出る人は、正直にモノを言いすぎるからキー局からはあまり呼ばれない(笑)〉(淳)と自負するだけあり、本書もメディアリテラシーを学ぶのにぴったり。  ネット上のキーワードを世論と誤解して過大視するニュース番組は〈末期的症状です〉と断定して田村淳はいう。〈ノイジー・マイノリティ(饒舌な少数派)の意見をマジョリティ(多数派)と誤解して、テレビマンがネットに引きずられるべきではない〉〈テレビマンが時間に余裕があるネット民の意見ばかり聞くようになれば、テレビの中身はものすごく偏ってしまいます〉  悪名高き記者クラブ制度を一貫して批判してきた上杉隆は〈政治家子女のテレビメディアへの「コネ入社」〉にもメスを入れる。〈有力な政治家、官僚、特に放送行政に強い政治家の子女を入社させれば、何かあったときの「人質」を握ることになります〉〈それは、テレビメディア萎縮につながる、見えない政治圧力の証左にほかなりません〉  過激そうに見えて、内容はいたって真っ当。権力とメディアの関係、も彼らの手にかかればこうなる。  メディアに圧力がかかるのは当たり前。〈権力側から圧力がかからないような取材は、権力報道とは言えません〉。圧力がかかったときには〈権力者には敬意を払いながら真正面からぶつかり、彼らが触れてほしくない情報でも正々堂々と、そして淡々と報じればいいのです〉。  こういう正論が煙たがられるのだなと思いつつ、既存のメディアの腰の引け方がよーくわかる一冊だ。
今週の名言奇言
週刊朝日 11/5
孤独のグルメ【新装版】
孤独のグルメ【新装版】
テレビ東京の毎週金曜深夜0時12分からの番組に「孤独のグルメ」っていうのがある。主役の中年男性(演者は松重豊さん)が商用で訪れた街々の店で、ひたすら食べるだけのドラマなのだが、庶民的なのにやや異色な店と食べ物が秀逸。  久住昌之作、谷口ジロー画『孤独のグルメ』はその原作となったマンガである。主人公の井之頭五郎は〈輸入雑貨の貿易商を個人でやっている俺だが 自分の店はもっていない〉〈結婚同様 店なんかヘタにもつと守るものが増えそうで人生が重たくなる 男は基本的に体ひとつでいたい〉ってな信条をもつハードボイルドな人物だ。ドラマでは店やメニューの選択を誤らない五郎だが、原作ではいつもちょっと失敗する。  山谷の食堂では、ぶた肉いためとライス、とん汁を注文し、〈うーん…ぶた肉と とん汁で ぶたがダブってしまった〉。江ノ島でも正体不明の江ノ島丼セットとさざえの壺焼きを注文し、江ノ島丼がさざえの卵とじ丼と知って〈しまった…そうかじゃあ さざえの壺焼きで さざえがダブってしまった〉。  まー、ぶた肉がダブったからって人生に支障はありませんよ。ありませんけど、なんとなく損したような気分と、そこはかとない哀感。 「豆かん」なるものが旨いと聞いて浅草の甘味屋に入るも、雑煮も雑炊も冬のみのメニュー。豆かんだけを食して、ふと〈できれば腹ごしらえしてから食べたかったな〉。  酒は飲めぬが健啖家。赤羽の飲み屋で「ごはん」の張り紙を見つけ〈そうかそうか そうなれば話は違う〉〈ここに並んだ大量のおつまみが すべておかずとして 立ち上がってくる〉と歓喜するも、いくら、生ゆば、岩のりと一緒にうな丼を注文。岩のりを〈どう使えばいいんだろうな 丼に対して〉。だから素直に飯だけ頼んどきゃいいのにさ。  組み合わせを誤る、順番を間違える、場違いな店に入る、あてにしていた店がない。だからこその孤独。メシは人生に似てるってことで。
今週の名言奇言
週刊朝日 10/29
我が家のヒミツ
我が家のヒミツ
家族の平凡な日常を描いているだけなのに、先が気になる。奥田英朗の短編集『我が家のヒミツ』は『家日和』『我が家の問題』に続く人気シリーズの第3弾だ。  平凡な日常といっても、本人にとっては重大問題。たとえば出世レース。入社以来のライバルだった同期の河島が次期営業局長に内定した。入社30年。営業部のエースとして最前線を走るも、最後の昇進レースに敗れた植村正雄(53歳)はおもしろくない。派閥作りに長けた河島。〈結局、役員たちは河島を選んだのである。これが一番のショックだ〉。役員への道も断たれ、転職するには遅すぎる。残るは総務局次長か子会社への出向か。で、彼の絶望を救ったものは?(「正雄の秋」)  あるいは伴侶の死。母が急逝し、「おとうさんと二人きりはいや」という妹の頼みで実家に戻った社会人2年生の若林亨。3人は別々に食事をするような生活を続けていたが、父(56歳)のようすがどうもおかしい。ろくに食事も取らず一人のときは泣いてばかりいるようす。同僚は冷たい。案じてくれたのは意外にも父と同世代の上司たちだった。自身も妻を亡くした部長はいった。〈この歳になって伴侶を失うというのは、自分の人生の半分を失うのと一緒なんだよ〉(「手紙に乗せて」) 「妻と選挙」の主人公・大塚康夫(50歳)はN木賞を受賞した作家である。だが本は売れなくなっており、予定されていた連載小説も意見が合わず下ろされた。そんな折、妻(49歳)が市議会議員選に立候補するといいだした。康夫は反対するが……。  職場でも家庭でも環境の変化に直面しやすい50代の男たちは(日頃虚勢を張ってるだけに?)傷つきやすい世代なのだ。〈自分が日陰にいるときは、妻に太陽を浴びてもらいたい。(略)夫婦はどちらかがよければ、ちゃんとしあわせでいられる〉とは妻への協力を決めた大塚康夫の心境。常に日向を歩いてきた夫たち。せめてこう思えるようになることが幸福への道かもしれない。
今週の名言奇言
週刊朝日 10/22
たのしいプロパガンダ
たのしいプロパガンダ
ナチス・ドイツが政治宣伝を意味する「プロパガンダ」に力を入れたのはよく知られている。北朝鮮や「イスラム国(IS)」もしかり。  とはいえプロパガンダが威圧的とは限らない。辻田真佐憲『たのしいプロパガンダ』は娯楽性の高い「楽しいプロパガンダ」こそがもっとも効果的だと喝破する。<民衆はそのエンタメを楽しんでいるうちに、抵抗することすらできず、知らず知らずのうちに影響され、特定の方向へと誘導されてしまう>ような。  日中戦争時、陸軍省新聞班の清水盛明中佐は「宣伝は娯楽が大切」派の代表選手で、情宣活動の必要性を詳細に説いた。海軍省軍事普及部の松島慶三なる人物が軍歌の作詞や宝塚少女歌劇団の軍国レビューの原作を担当した。ロシア民謡やクラシック音楽を利用した旧ソ連、ディズニー・アニメを活用した第2次大戦中の米国、抗日をテーマパークやゲームに変える現在の中国……。具体的な事例には事欠かない。  けれども、本書でもっとも重要なのは、今日の日本にも「楽しいプロパガンダ」が発芽しつつある事実を見抜いた点だろう。6月、自民党の若手議員らが「文化芸術懇話会」なる勉強会を発足させた。大西英男議員の「マスコミを懲らしめるには」発言などが問題になった会だが、設立趣意書にある「心を打つ『政策芸術』」という語に著者は注目する。そこには<与党の政策を浸透させるために、民間の「芸術」を利用したい>という意向が感じられる、と。 「右傾エンタメ」に当たる小説(百田尚樹『永遠の0』のプロパガンダ的性質を分析したくだりは秀逸!)。アニメや自衛隊員の募集ポスターに見られる「萌えミリ(萌え+ミリタリー)」の傾向。日本の「楽しいプロパガンダ」は今のところ未成熟だが、これからが本番だ。〈すでに行政機関と民間企業のコラボ体制はできあがっている〉。そ、そうかも。娯楽系のコンテンツを「クールジャパン」と呼ぶのだって、プロパガンダの一環かもしれないのだ。
今週の名言奇言
週刊朝日 10/15
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