矢部万紀子
「有働由美子さんのまぶし過ぎる明るい“野心”」矢部万紀子
矢部万紀子(やべまきこ)1961年三重県生まれ、横浜育ち。コラムニスト。1983年に朝日新聞社に入社、宇都宮支局、学芸部を経て「AERA」、経済部、「週刊朝日」に所属。週刊朝日で担当した松本人志著『遺書』『松本』がミリオンセラーに。「AERA」編集長代理、書籍編集部長をつとめ、2011年退社。同年シニア女性誌「いきいき(現「ハルメク」)」編集長に。2017年に(株)ハルメクを退社、フリーに。著書に『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』
「NEWS ZERO」のメーンキャスターとなる有働由美子さん(c)朝日新聞社
有働由美子さんのことを考える時、どうしても思い出してしまう光景がある。
昨年10月の「あさイチ」だった。その日は「金曜プレミアムトーク」で、ゲストが伊東四朗さん。伊東さんは江戸っ子らしく「ひ」と「し」を混同させつつ、楽しそうに「喜劇」について話していた。
正確な記憶でないが、確か「しん」という言葉が伊東さんから出た。「笑いには『しん』が必要」というような文脈で。前後の関係から「品(ひん)」のことだと私は思った。が、有働さんは「芯」と理解した。「笑いに必要な『芯』とは何か」と深掘りを試みた。が、伊東さんはあまり乗らず、ちょっとチグハグな空気が流れた。でも有働さんはためらわない。話が他にいった後に、又「さっきの芯ですが」と戻ったりた。
「笑いには品が必要」なら、何にでも品は必要だから、その通りですねで終わってしまう。が、「芯が必要」なら芯とは何か、必要な理由など、話が膨らみ、そこから伊東さんがもっと浮き彫りになる。元新聞記者としては、よくわかった。
が、わかった上で、有働さんの前のめりな感じに、ちょっとたじろいだ。「私はその一言を見逃さなーい」という意欲が伝わり過ぎた。「まっすぐな野心」という言葉が浮かび、隠さないんだな、と思った。
そうこうするうちに有働さんは「あさイチ」の司会を終えて、NHKを退社した。マツコデラックスさんらの所属する芸能事務所に入ったと話題になり、6月2日に日本テレビに民放初出演した。「日本テレビ+ルーヴル美術館『その顔が見たい!』」という番組だったので、日テレなどが主催する「ルーヴル美術館展」を紹介する番組の司会かと思ったら、有働さんの顔や年齢を話題にするバラエティー番組だった。
その4日後、有働さんが10月から日テレの報道番組「NEWS ZERO」のメーンキャスターになると発表されたから、あれは顔見世興行だったのね、と納得した。
有働さん、順風満帆だ。NHKを辞めて半年での大抜擢。いや抜擢ではない、数字を持っている有働さんに、低迷気味の「NEWS ZERO」が頼ったという報道もあった。
5月1日発売の著書 『ウドウロク』(新潮文庫)も、すごく売れている。このところ、地下鉄に乗るたびに、この本の中吊り広告を見かける。真っ白な歯で、ニッコリ笑う有働さん。「50歳目前の『人生で一番悩んだ』決断。その真相と本心を初めて綴る」と笑顔の下のキャッチコピー。
読んでみた。4年前に出た本の文庫化だから、NHKを辞めた話は「文庫版あとがき」に短く書いてあるだけだった。
「あさイチ」は大切な番組だが、入社27年になるから、そろそろ若手にバトンタッチしなくてはならない。そう思う一方で「いつまでも現役で、現場にいたい」という「仕事の虫」の自分がいる。このエゴは、組織の中では通らないという結論に達した(から辞めた)とあった。わかるけど、案外あっさり。そんな説明だった。
それより、この本を読んで実感したのは、有働さんは「ライフとワークをバランスさせようなんて、夢にも思わず働いてきた人なんだなー」ということだ。
『ウドウロク』には、恋愛の話がたくさん出てくる。好きだった人に言われて傷ついた言葉、一緒に住みたいと言われた話、結婚したくてお見合いをしまくった話もある。見かけも心も素晴らしい人に出会った。結婚を前提にした交際を求められたが、素敵すぎて釣り合わないと思い、断ったという「自慢なのか?」な話もあった。
それは「ライフ」の充実を目指す姿ではないか、十分にライフとワークをバランスさせようとしているではないか、と思われる方も多いと思う。が、違うのだ。
有働さんは1991年にNHKに入った。時はまだバブル。好きな男性に「男社会で長く生きすぎ」と言われたと『ウドウロク』にあったが、組織に認められるべく、懸命に生きてきたことは至る所から伝わってきた。
恋愛はする。当然だ。人間だもの。でもその先に「ワークとバランスさせるべき、ライフの充実」があるとは、全く考えなかったと思う。ワーク優先というか、人生すなわちワークで、恋愛は「人間部門」の余技くらいな気持ちだったろう。
その証拠に、恋愛を書く有働さんは自虐的だ。だめんずだと自分を笑っている。仕事の話になると一転、ストレートだ。紅白歌合戦の司会に抜擢され、ニューヨーク特派員になり、あさイチを世に出した。どんなに努力し、結果を出したかをグイグイ書いている。
「美人でもない、きれいな声でもない」私、と繰り返し書いている。コンプレックスをもとに頑張る女子。働く女子なら、誰でも心当たりがある話だ。低い声だから可愛い仕草が似合わないと書き、ひとつだけよかったと思ったのは「低い声のほうがニュースが聞きやすい、と言われたことだ」とまとめていた。有働さんのすべての道は、仕事に通じる。
『ウドウロク』の本文冒頭は、「大人になってからの失恋」という文庫のための書き下ろしエッセイが載っている。「大人になってからの失恋は、孤独でいいと思う」と書き、恋をしている最中も孤独かもしれないと続ける。相手と完全に想いをシェアできないことがわかっている、そのくらい自分の“なにか”ができあがっている、と。そして、犬を飼ったと告白する。犬との暮らしは居心地が良すぎる、と。
「寿退社」などという憶測を一時書かれたことがあった。だが犬と暮らしているのだ。私にとってライフよりワークです。だからライフは、人でなく犬と共に。そう宣言している。
伊東四朗さんとの「プレミアムトーク」が像を結んだ。有働さんはもう、ライフはワークそのもので、バランスなんかさせない。そしてそのことを、隠さないことにしたのだ。「笑いに『芯』が必要」だ、いい話が聞けそうだ、だからそれを、ひたすら追いかける。正面から、グイグイと。仕事で成果をあげる。その意欲を、てらいなく外に出す。あの時、彼女はもう、とっくにその心境に至っていたということだ。
「文庫版はじめに」で有働さんは、このエッセイを書いていた40前後の自分を「結婚」「出産」というオンナとしての「結果」にこだわっていた、と振り返っていた。今の自分の心境については、「こうも変わるものか」と表現している。
「オンナ」の結果から、「仕事」の結果へ。犬と暮らし、10月からは「NEWS ZERO」のキャスターをする。きっと彼女はグイグイと、意欲をてらいなく見せて、成果をあげていこうとするだろう。
私は地下鉄で、『ウドウロク』の中吊り広告を見るたびに、ちょっと居心地が悪かった。有働さんの、まっすぐな笑顔。隠さない、明るい上昇志向。
隠してくれとは言わない。だけど、それがまぶし過ぎて、ちょっと居心地が悪くなるのだ。(文/矢部万紀子)
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2018/06/11 11:30