
検索結果506件中
21
40 件を表示中




...置き去りにされた日本の「危機的な未来」 古賀茂明
1月8日付の日本経済新聞朝刊にこんな見出しの記事が掲載された。
「エヌビディア、ロボ覇権狙う CESで表明 AI技術を無償提供 人の自然な動き『生成』」
記事の内容はややわかりにくいのだが、この記事は重大なことを伝えている。
それは、世界の最先端半導体の9割近いシェアを誇る米エヌビディア社が、最先端半導体の需要先として、自動運転車の次にヒューマノイド(人型ロボット)に狙いを定めたということだ。
少しだけ記事の具体的な内容を紹介すると、1月6日に米エヌビディア社のジェンスン・ファンCEOがラスベガスで開催されたテクノロジー見本市「CES」の基調講演で発表した「NVIDIA Cosmos」を利用すると、例えば、倉庫内の棚から箱が落下する様子をリアルに再現した映像を自ら生成できる。これを使えば、実際に工場などで事故を起こすことなく、いくつでも異なる事故映像が作れるわけで、それを工場で使われるロボットに学習させて、事故を認識する能力を身につけることが可能になるという。
エヌビディアは、同社の既存のロボットシミュレーションプラットフォーム「Isaac」の新機能も同時に発表した。これを使うと、例えば、特定の物体を掴むという目的の作業について少数の事例から大量の学習用データを生成することができる。
この二つの新たなプラットフォームをスタートアップや研究者が広く使えるようにすることにより、エヌビディアは、特にヒューマノイドの開発・活用を目指す企業のニーズに応えることを期待するとしている。
そして、冒頭に述べたとおり、この構想がうまくいけば、エヌビディアは、ヒューマノイドの開発・利用の分野でのAI用半導体及びこれを使ったプラットフォーム、そして、パーソナルAIコンピューターなどの市場を独占することができるということになる。
ヒューマノイドの開発競争は、既に各社が生成AIを活用する段階に入っている。それにより、ロボットの能力の進化がこれまでとは何桁も違うスピードに進化し始めた。
ロボットと言えば、日本の産業用ロボットを思い浮かべるかもしれない。今でも工場を中心に大活躍していて、中国勢の追い上げは激しいものの、まだ日本が全体としては優勢を保っていると言っても良いだろう。しかし、産業用ロボットは、用途が限定され、使える場所もそのロボットの形状などの制約により限定される。
トヨタ自動車が発表したヒューマノイドロボットT-HR3(手前)
日本の「ヒューマノイド市場」は悲惨な状況
一方、これから本格的な実装に入るヒューマノイドは、「人型」であるという大きな利点を有する。世界のほとんどの空間は、人間の身体の特徴・能力に合わせて作られているため、人間とほとんど同じ形状で、人間と同じかそれ以上柔軟で強力な動きができるロボットであれば、家庭を含めてほとんどの場面で、大きな設備投資を行わずに活用できる。
今や、ヒューマノイドは、二足歩行は当然のことながら、後方1回ひねり宙返りをして着地するというレベルに達し、また、AIを使うことで、人間との直接の会話をしながら作業を行うという段階に入っている。
中国では、有力新興EVメーカーのNIOがヒューマノイドを製造現場にごく一部ではあるが導入しており、ドイツのメルセデス・ベンツの工場で一部ヒューマノイドの活用が始まったとかBMWでもヒューマノイドを実際にラインに入れてテストを行ったというようなニュースが流れていて、製造現場への導入が加速していることがわかる。
トランプ米大統領の盟友となった米テスラ社CEOのイーロン・マスク氏は、ヒューマノイド「オプティマス」を2025年に2万5000ドルで販売すると発表している。しかも将来の生産台数は200億台になるだろうと発言して世界を驚かせた。200億と言えば世界の人口よりも多い。マスク氏はエヌビディアのジェンスン・ファンCEOより早く、自動運転の次の主戦場はヒューマノイドだと見抜いていたのだろう。
中国政府もヒューマノイドが、スマートフォンと同様に「破壊的」なものになると考え、25年までに「上級レベル」のヒューマノイドを大量生産するという計画を出している。
ところで、ヒューマノイド市場における日本の位置付けはどうなっているのだろうか。
一言で言うと、悲惨な状況だ。これについては、24年6月18日に配信した本コラム「政府が大金をつぎ込んでも成功しない『人型ロボット』 知られざる『デジタル赤字』がもたらす絶望的な未来」に書いたが、その時は、あまり大きな反響はなかった。
私がこの問題に初めて気づいたのは、日本が世界に誇る最高のコンピューター技術者と言われる齊藤元章氏(日本最高のスーパーコンピューター開発企業PEZY社の創業者)に昨年6月に指摘されたことによるが、その時に見た世界トップ7社のヒューマノイドを紹介する動画には、日本のメーカーは全く影も形もなかった。
その後半年ほどの間にさらにヒューマノイドは進化を遂げ、価格もマスク氏が言う2.5万ドル前後のものがすでに発売されている。もちろん、まだ完成形とは言えないが、少なくとも工場や倉庫などで一定の役割を果たすには十分なレベルに到達したようだ。
日本の「デジタル赤字」は将来30兆円に?
例えば、この動画を見てほしい。その進化に驚くはずだ。
(2025年に発売される人型ロボットトップ15)
日本の人型ロボットと言えば、20年ほど前には、ソニーのAIBO(犬型だが)やホンダのASIMOなどが世界で人気を博していた。
しかし、日本は、AIの急速な進歩を予測できず、ヒューマノイドの飛躍的発展を全く予期できなかったことにより、今や、人型ロボットの分野では、ほとんど追いつくことは不可能だと思われるほど後れをとってしまった。
今最も熱い企業であるあの「エヌビディア」がヒューマノイド市場の重要性をわかりやすく発表した今回のニュースは、さすがに遅れた日本でもメディアが大きく取り上げるかと思ったが、日本では小さな扱いにとどまった。
そこで、今回あらためて取り上げることにしたわけだ。
前述の本コラムで紹介したとおり、情報処理においてクラウドサービスが中心的な役割を占めるようになったことを反映して、日本企業や個人がGAFAMなどの米IT企業に支払う金額は急増している。この分野での収支はもちろん大幅な赤字で、「デジタル赤字」としてクローズアップされるようになった。
経済産業省の22年の予測では、23年のデジタル赤字は約2兆円、30年に約8兆円だった。
しかし、実際には、23年は5.3兆円と予測の2.5倍に増え、24年は6兆円超えが確実で7兆円に近づく可能性もある。ヒューマノイドの普及が始まり、日本が米中から大量輸入を始めれば、この赤字が爆増し、30年には化石燃料の輸入額を超える30兆円になってもおかしくないだろう。
そんなに急速にヒューマノイドが発達するのかと疑問に思うかもしれないが、23年にChatGPTが世界を驚かせたのと同様に、これに匹敵するような大転換が驚く速さで進む可能性が高まっていることが日本ではあまり認識されていない。
従来の原始的なAIが生成AIに発展し、ChatGPTにより、AI革命が始まったが、AIの発展はさらに加速している。
人から与えられたデータから学ぶ機械学習的なものではなく、自ら現実に生じている現象を含めて学習し、あらゆる分野について新しいものを生み出す汎用的かつ人間と同等の能力を持つAGI(汎用AI。と言っても、そもそもAGIの定義は曖昧だが)が近々実用化されると言われている(ソフトバンクグループの孫正義会長兼社長は23年に「10年以内」と発言した)。いずれにしてもAIがどんどん進化していくのは確実で、AGIに日々近づきつつある最先端AIが活用されるとしたら、どうなるだろうか。
経済産業省の思考停止
ヒューマノイドの発展はこれまでの想像をはるかに超えるものになっていくことだけは確かだと言って良いだろう。
ヒューマノイドが急速に発達すれば、日本が直面する解決困難と思われる課題の多くが解決ないしそれによる困難が大きく緩和される可能性が高い。
例えば、少子高齢化による深刻な労働力不足のことがすぐに思いつくだろう。今や飲食店や小売店、工場、建設、物流、農業などの分野では、人手が足りずに倒産したり廃業したりする例が急増しているが、ヒューマノイドがこれらの救世主になる可能性がある。地方の交通空白、限界集落などの解決にも応用できるだろう。
もし、このように非常に広い範囲でヒューマノイドが活躍するとすれば、マスク氏が言うように、人口を超える数のヒューマノイドが必要になりそうだ。その時、完全に置いてきぼりになった日本は、米中から大量のヒューマノイドを輸入することになる。
さらに重要なのは、単にヒューマノイドという物理的な商品を買うだけでなく、その運用管理やバージョンアップを継続的に行うためにデジタルサービスも買い続けることになるということだ。
それを考えると、デジタル赤字はどれくらい膨らむのか。考えるだけでも恐ろしい。
さらに、問題は、デジタル赤字にとどまらない。ヒューマノイドは軍事的にも利用される。
日本はドローンの開発利用で中国などに敗北してしまったが、今や、小型ドローンは、ウクライナでも示されたように、戦争の勝敗を決めると言われるほどの重要な武器となっている。
すでに四足歩行のロボットが軍事用の運搬などの用途で使われているが、ヒューマノイドが戦場で活躍を始めるのも時間の問題だ。
こうして、ドローンでも蓄電池でも、EVと自動運転でも敗北し、生成AIでも引き離され、生成AI用半導体の調達さえままならないという日本はどうしたら良いのだろうか。
ラピダスに5兆円を投じて半導体立国再現をという経済産業省の思考停止の産業政策に依存する日本の将来は決して楽観できないということに気づくことがまずははじめの一歩なのかもしれない。
果たして、石破茂首相は、その危機に気づいているのか。
一方、「政権交代!」と叫ぶ野田佳彦立憲民主党代表は、ことの重大性を理解できるのか。
夏の参議院選挙に向けた駆け引きに明け暮れることになりそうな日本政局の困難な状況に加え、トランプ米大統領対策で忙殺されることになる日本に、こうした危機的状況を冷静に見ながら、政策の舵取りを行う役割を果たせる政治家が一人でもいるのか。
残念ながら、自信をもって言えるのは、「とても心配な状況である」ということだけだ。

