世界中のスラム街や犯罪多発地帯を渡り歩くジャーナリスト・丸山ゴンザレスが、取材先でメモした記録から気になったトピックを写真を交えて紹介する。

青い空と海。まさにセブ島といった風景。そこにたたずむ一軒の食堂。そこでしか食べられない飯があると聞いて、滞在していたセブシティーからやってきた。
青い空と海。まさにセブ島といった風景。そこにたたずむ一軒の食堂。そこでしか食べられない飯があると聞いて、滞在していたセブシティーからやってきた。

■島の端にある食堂「バカシ」

 近年、英語留学やリゾート地として人気を集めているフィリピンのセブ島。アクセスできる空港は東岸に浮かぶマクタン島にある。このマクタン島には、空港とリゾートホテル以外は昔ながらのフィリピンの暮らしが息づいている。

 私が向かったのは島の南西、端っこにある食堂。コルドバ(Cordova)というエリアだ。店の名前が「バカシ(Bakasi)」なので、タクシーなどで行くときは、「バカシ」と「コルドバ」を連呼すれば連れていってくれることだろう。

「この先に食堂なんてあるのか?」と不安になるような細い道を抜けるが、海沿いまで来ると一気にひらける。そこに一軒たたずんでいる食堂を確認できた。
こんなところまで来たのは、店名になっているバカシを食べるためだ。バカシとは「小さいウツボ」のことだ。

 ウツボというと日本人にはあまりなじみがない。ダイビングやシュノーケリングでもやっていたら、お目にかかることはあるだろう。獰猛な魚として知られている。見た目はウミヘビとかアナゴみたいな細長い生き物だ。

 日本人にはなじみがないが、セブのローカルマーケットの魚売り場などでは、生きた状態で袋に詰められて売られている。地元の人にとっては、さほど珍しいものではないのだ。
 食堂を知ったのは、Netflixでアジアのストリートフードとして取り上げられていたからだ。店の人に聞くと、「最近じゃあ、外国の人が多く来るようになった」と言っていた。私のようなNetflixを見て訪ねてくる客も珍しくないようだ。

見た感じはおいしそうに見えない。食べてみると、私はなんとも感じなかったが、同行者はしきりに「生臭い」と言っていた。
見た感じはおいしそうに見えない。食べてみると、私はなんとも感じなかったが、同行者はしきりに「生臭い」と言っていた。

■バカシを味わう

 注文してから5分もたたずに運ばれてきたのは、バカシのスープ。何匹も入っているのが液体の表面を見ただけでわかる。

 さっそくスープから口にすると、醤油っぽいベースの味にトマトや野菜が入っていた。味付けは悪くない。むしろおいしい。口の中が慣れてきたので、ウツボを口に運ぶ。煮込まれたことで身が軟らかくなっている。油断すると崩れてしまいそうだ。慎重に口に運ぶと、アナゴのような味が口の中に広がっていった。

 私にとっては食べるのにまったく問題のない味だ。だが、同行していた友人は「生臭いです」と言って顔をしかめていた。

 このとき、友人であるルポライターの村田らむさんが、「ホームレスは5回(5日間)ぐらい残飯を食べると慣れる」と言っていたのを思い出した。味覚は食生活によってつくられる。つまり、何度も食べている味は気にならないのだ。この手のローカル&ストリートな珍味を味わうことが好きな私は、腐敗臭や生臭さというものにだいぶ慣れてしまったということなのだろう。

 ちなみに、生臭さはそれほどひどいものではないと思う。ひと皿にバカシが6匹は入っていたのに、さきほどの友人は途中でチリを足して臭みを飛ばした途端、「おいしい」と言ってあっという間に食べ尽くしてしまったからだ。

 この日はスープだけだったが、次回は姿揚げにもチャレンジしてみたい。断っておくが、地元の人が言っていた「ウツボは精力剤」というのを真に受けたわけではない。まあ、回春効果までは実感できないものの、少し元気になった気はしたが。(文/丸山ゴンザレス)

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丸山ゴンザレス

丸山ゴンザレス

丸山ゴンザレス/1977年、宮城県出身。考古学者崩れのジャーナリスト。國學院大學大学院修了。出版社勤務を経て独立し、現在は世界各地で危険地帯や裏社会の取材を続ける。國學院大學学術資料センター共同研究員。著書に『世界の危険思想 悪いやつらの頭の中』(光文社新書)など。

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