なぜそこまで慎重に? “令和の怪物”佐々木朗希の実戦登板はいつになるのか (2/3) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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なぜそこまで慎重に? “令和の怪物”佐々木朗希の実戦登板はいつになるのか

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佐々木朗希が実戦のマウンドに上がるのはいつなのか?(画像は千葉ロッテマリーンズからの提供写真)

佐々木朗希が実戦のマウンドに上がるのはいつなのか?(画像は千葉ロッテマリーンズからの提供写真)

「少なくとも高校卒業の段階では身体の成長が止まっておらず、現在は球速に耐え得る身体作りの段階ではなく、身体作りができる状態になるのを待つ段階ではないでしょうか」(大船渡高・国保陽平監督)

 国保監督は米国でのプレー経験がある。筑波大卒業後、クラブチームを経て10年にアリゾナ・サマーリーグに参加。スカウトの目に留まり、独立リーグのティファナ・シマロンズと契約。25試合に出場し、59打数15安打2本塁打7打点、打率.254の実績を残している。佐々木と同年代の選手たちと過ごした経験が、決断の決め手になっていたとしても不思議ではない。

「スティーブン・ストラスバーグ(ナショナルズ)と似たようなタイプ。長身を生かしたパワー系投手で、アマチュア時代から真っ直ぐ中心で三振が取れる。早くから身体に恵まれ学生時代から飛び抜けた成績を残していた。しかし成長の早さと筋力のバランスが崩れ、故障が多いのも似ている。ストラスバーグはトミー・ジョン手術を受け、更なる飛躍を遂げた。佐々木の場合はそこまでではないだろうが、育成には細かい部分まで慎重にならないといけない」(MLBアジア地区担当スカウト)

 ストラスバーグは『MLBドラフト史上最高選手』という触れ込みで、09年のドラフト全体1巡目でナショナルズ入り。最速103マイル(約166キロ)の真っ直ぐを武器に、サンディエゴ州立大時代には通算53試合に登板し、244回1/3で375奪三振を記録した。08年の北京五輪にはアマチュアで唯一米国代表として出場し、大きな期待を背負ってプロ入りしたが、1年目の8月末に右ひじを痛め、トミー・ジョン手術を受けた。翌11年の9月に復帰し、12年には開幕から先発ローテーションを守り15勝を挙げ復活を果たしたが、その後もケガが多く、“ガラスのエース”とも呼ばれている。昨年も右手を手術した影響でわずか2試合の登板にとどまった。

「佐々木が故障を抱えているという情報はない。ダルビッシュ有(パドレス)や大谷翔平(エンゼルス)も、10代後半には同様の症状が出ていた。身体が急激に大きくなったことに対して、インナーを含めた筋力が追い付いていないためバランスが崩れる。身体の様々な部分に急激な負担がかかり、ヒジや肩などに痛みが出ているのだろう。無理をして靭帯などを痛めるのが最も怖いこと。本人は焦る気持ちが強いから、メンタルも含めて周囲のサポートが必要になる」(在京球団編成担当)


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