まさかの大不振…夏の甲子園、地方大会で“苦しんだ”未来のプロ野球選手たち (1/3) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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まさかの大不振…夏の甲子園、地方大会で“苦しんだ”未来のプロ野球選手たち

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久保田龍雄dot.
済美高校時代の鵜久森淳志 (c)朝日新聞社

済美高校時代の鵜久森淳志 (c)朝日新聞社

 甲子園出場をかけた地方大会は、決勝まで5、6試合前後の短期決戦とあって、後にプロ入りした強打者でも、大不振に陥ることがある。

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 2004年のセンバツで初出場Vを成し遂げた済美の4番・鵜久森淳志(元日本ハム-ヤクルト)もその一人だ。

 センバツで打率3割8分1厘、2本塁打と活躍した鵜久森は、夏の愛媛大会も最初の2試合で6打数3安打1打点と、まずまずのスタートだった。

 ところが、準々決勝以降は、苦手の内角攻めや極端な“鵜久森シフト”に苦しみ、決勝までの3試合で10打数無安打と完全に沈黙してしまう。

 センバツ準々決勝の東北戦で劇的な逆転サヨナラ3ランを放った3番・主将の高橋勇丞(元阪神)が寮則違反でベンチから外れ、「自分がやらねば」の焦りもあった。

 だが、主砲が打てなくても、センバツV校は、安定した強さを見せる。準々決勝の松山北戦では、6番・野間源生が先制ランニング2ラン。準決勝の宇和島東戦も、高橋の代役で3番に入った背番号13の水本武が本塁打を放つなど、10対0と大勝。

 そして、決勝の新田戦は、5回まで0対2の劣勢も、上甲正典監督の「東北戦を思い出せ!」の檄に応え、6回に集中打で逆転。自ら同点打を放った2年生エース・福井優也(現楽天)が7回以降を無失点で踏ん張り、全員野球で春夏連続の甲子園を決めた。

 打率1割8分8厘と不本意な成績に終わり、一人蚊帳の外だった鵜久森も大会後、内角球を克服すべく特打に励み、甲子園では打率5割5分6厘、3本塁打、8打点の好成績で準Vに貢献している。

 15年夏の準優勝校・仙台育英の3番打者として3本塁打を記録した平沢大河(現ロッテ)も、宮城大会では不調に苦しんだ。

 2年秋の明治神宮大会決勝戦、浦和学院戦で2ランを放ったセンス抜群の好打者も、3年の春以降、「周囲の期待に応えよう」と意識するあまり、本来の豪快なスイングが影を潜めてしまう。さらに6月の東北大会で死球を受け、右手小指を骨折して以来、満足にバットを振れなくなった。


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