「オチさんは、遅い球は自分のポイントで捉えないと飛ばないと言っていました。速い球はスイングの動作が早ければ、簡単に打てる。正しいフォームで打つには緩い球がいいということでした」

 ふつうは打撃投手が打者のタイミングに合わせて投げる。ところが渡部はその反対で、落合以上に、「オレ流」に徹した打撃投手だった。

「双方が過剰に合わせようと気を使いすぎてタイミングが合わなくなる。だから自分の好きなように放りゃあええ。そしたら打者が合わせてくれる」

 打撃投手の生命線は制球力である。しかしストライクゾーンについての考え方も渡部は違っていた。

「たとえボールでも、打者が打てば僕にとってはストライクなんです。ワンバウンドしても打者が打てばそれはストライクです」

 自分が投げた打者がヒットを打てなくても自分を責めない。練習で俺の球をあれだけ打てたのだから、試合で打てなかったのは選手が悪い。打者の調子を気に病む打撃投手も多いが、渡部は一向に意に介さなかった。目標は一年で2万球を投げること、その勝ち気な性格も落合は気に入ったのかもしれない。

 ただ落合に投げた当初はうまくいかなかった。落合はゆっくり放ればいいと言ったが、肘と膝の動きを利用して投げると、10分で右腕は熱くなって固まり、肩も痛んだ。

「雲をつかむというのかな、落ち着いて投げられるまで2、3か月かかりました」

 6月のある日、肘と膝が同時に動いた感覚でポンと投げると、ボールが弾けたように山なりを描きストライクゾーンに落ちた。初めて納得できる球を投げた瞬間だった。

「あ、この感じだ、と思いました。それから何も考えないで自然に投げることができました」

 以後、落合は渡部にさらに一目置くようになる。

■俺の背番号を見てくれ

 この年(88年)、落合は一時期スランプになった。このとき彼は渡部に相談した。

「渡部さん、スイングのとき、俺の背番号が見えるかどうか教えてくださいよ」

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渡部の指摘に落合は…