みの・もんた/1944年、東京都生まれ。アナウンサー、タレント、司会者、ニュースキャスター、実業家。現在、レギュラー番組に「秘密のケンミンSHOW」(読売テレビ)がある(撮影/小暮誠)
みの・もんた/1944年、東京都生まれ。アナウンサー、タレント、司会者、ニュースキャスター、実業家。現在、レギュラー番組に「秘密のケンミンSHOW」(読売テレビ)がある(撮影/小暮誠)

 タレントのみのもんたさんは、2006年に脊柱管狭窄症の手術を受けました。週刊朝日ムック『首腰ひざのいい病院2020』では、手術を経験して感じた腰の大切さや、医師選びについて語っています。

【症状がないから気づかない!? 65歳以上の8割以上が患う病気「脊柱管狭窄症」とは】

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「3人目の医師に、『もう手術するしか手段はありません』と言われて決断しました。ずっと手術には抵抗があったんですが、手術してよかったですね」

 2006年お正月、05年末のNHK紅白歌合戦の司会を終えたみのもんたさんは、その足で腰部脊柱管狭窄症の手術へ向かいました。当初の予定よりも延期された手術でしたが、結果は成功。手術から10年以上経った現在も、腰に不自由はありません。

 腰の痛みが出始めたのは手術の1年前。はじめは右ももからふくらはぎにしびれがある程度で、大きな病気だとは思っていませんでした。それが半年後、就寝中に突然激しい痛みにおそわれました。

「当時『午後は○○おもいッきりテレビ』の司会をやっていたんですが、立っているのもつらくなって。スタッフが透明の寄りかかる台を作ってくれて、やっと司会ができる状況でした。すごく苦しかったです」

 マッサージや鍼、カイロプラクティック……世間で「腰に効く」といわれているさまざまな方法を試しました。しかし、どの方法も一時的に痛みが引くだけで、根本的な解決にはなりませんでした。

 痛みに耐えかねて病院へ行くと、診断結果は「椎間板ヘルニア」。二つの病院で2人の医師に同じ診断をされました。手術をするか、他の治療法で対処していくのか、提案されました。手術をするかどうか、決断に差しかかっていたとき、3人目の医師を紹介されたのです。

「当時お世話になっていた医師に、アメリカ帰りの新進気鋭の医師がいるから、と福井康之先生(当時、国際医療福祉大学三田病院副院長)を紹介されて。診てもらったら脊柱管狭窄症という診断が出ました。自分も椎間板ヘルニアとばかり思っていたから驚きましたよ」

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抵抗があった「手術」に踏み切れた理由