キリスト教宣教師が少数民族の村に布教に行く理由 <下川裕治の旅をせんとや生まれけむ> (2/2) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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キリスト教宣教師が少数民族の村に布教に行く理由 <下川裕治の旅をせんとや生まれけむ>

連載「旅をせんとや生まれけむ」

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下川裕治(しもかわ・ゆうじ)/1954年生まれ。アジアや沖縄を中心に著書多数。ネット配信の連載は「クリックディープ旅」(毎週)、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週)、「東南アジア全鉄道走破の旅」(隔週)、「タビノート」(毎月)

下川裕治(しもかわ・ゆうじ)/1954年生まれ。アジアや沖縄を中心に著書多数。ネット配信の連載は「クリックディープ旅」(毎週)、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週)、「東南アジア全鉄道走破の旅」(隔週)、「タビノート」(毎月)

梵梵渓に面したタイヤル族の村の教会。立派すぎる?

梵梵渓に面したタイヤル族の村の教会。立派すぎる?

 韓国の地方都市で目にする光景によく似ていた。韓国はキリスト教徒が多い。人口の3割ほどだという。韓国でキリスト教徒が一気に増えたのは、太平洋戦争後のことだ。韓国に駐留したアメリカ軍の影響もあったようだ。キリスト教のなかでもプロテスタントが広まっていく。日本統治時代、韓国では次々に神社が建てられていった。しかし韓国の人々にとって、日本の神道へのなじみは薄い。仏教は儒教の圧力のなかにいた。その宗教環境がキリスト教になびかせていく。専門家にいわせると、韓国のキリスト教は、新興宗教の役割も担ったという。

 台湾のキリスト教はアイデンティティーの世界だった。日本時代、台湾を統治する日本の出先機関である台湾総督府は、先住民へのキリスト教の布教を禁止する。それが日本敗戦後に解禁。一気にキリスト教が浸透していく。布教活動を担ったのはアメリカやカナダだった。そのなかでカナダ人のディクソン牧師の存在が大きかったという。

 そこには先住民が抱える不安定さが潜んでいた。多数派である漢民族への対抗意識もあっただろう。タイヤル族、アミ族、タロコ族など多くの先住民が入信していく。こうして彼らは、自分たちのアイデンティティーをキリスト教に求めるのだ。

 台湾の先住民の村で、彼らの村には似合わない立派な教会を眺めると、おさまりがつかないものが込みあげてくる。それだけ彼らの置かれている環境が過酷だったのか。

 暗い村で輝く十字架は、そこだけが浮きあがっているようにも映る。


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下川裕治

下川裕治(しもかわ・ゆうじ)/1954年生まれ。アジアや沖縄を中心に著書多数。ネット配信の連載は「クリックディープ旅」(隔週)、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週)、「東南アジア全鉄道走破の旅」(隔週)、「タビノート」(毎月)など

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