■粉ミルクの手間は母親なら甘受すべき?

 災害のたびに話題になる液体ミルクだが、そもそも、液体ミルクが先進諸国で販売されているのは、災害用のためだけではない。子育ての負担の中でも、粉ミルクを使う大きな手間を軽減するという目的もある。

 子育て経験のある方や、近くでそれを見ていた経験がある方ならわかると思うが、粉ミルクの利用は極めて手間がかかる。まず、粉をお湯で溶き、赤ん坊がやけどしないように人肌の温度まで冷ますが、これが結構時間がかかる。作り置きもできないので、誕生後しばらくの間は、夜中でも2~3時間置きに、泣いてぐずる赤ん坊をあやしながらミルクを作らなければならない。哺乳瓶の消毒も必要だし、外出時には魔法瓶持参で赤ん坊を抱えて大荷物を担ぐという重労働を強いられる。街を歩いていると、時々、汗だくになりながら、重い荷物を背負って、片手で幼児の手を引き、もう片方の手で乳児を乗せたベビーカーを押す女性を見かけたりする。あのバッグの中には、粉ミルクを作るための道具も入っているのだ。

 粉ミルクに頼らざるを得ない女性から見れば、この負担を少しでも軽減できるのであれば、大歓迎のはずだ。特に、働く女性にとっては、この負担軽減は悲願と言ってもいいものだった。

 ところが、安倍総理を支持する日本の保守、というより極右的な人々の間には、「母親は家を守り、夫と子供のために汗水たらして苦労するのが務めだ」という思想が蔓延している。働く母親たちの悲鳴も、彼らには、「愛情の薄いわがままな母親の繰り言」にしか聞こえない。こうした人々は、安倍総理の岩盤支持層である。安倍総理には、表の「女性に優しい」というポーズとは正反対の裏の顔があるのだ。

 こうしたことが、母親たちの悲願である乳児用液体ミルク販売を成就させるために必要な前述の厚労省の食品衛生法に基づく規格基準設定を遅らせる一因になったのではないだろうか。

■規格基準設定を遅らせた厚労省の怠慢とメーカーのご都合主義

 いろいろ調べていて気付いたのだが、驚いたことに、業界団体から乳児用液体ミルクの基準設定の要望が出たのは2009年のことだった。にもかかわらず、政府はこれを放置していた。基準が設定されたのは、それから9年後の昨年の夏だ。度重なる地震や豪雨被害などで、液体ミルクへの関心が高まり、世論が基準設定を求めたからだ。「女性活躍」「子育て支援」という看板政策を掲げている安倍政権としては、この問題に焦点が当たってしまった以上これを実施しない選択肢はなくなってしまったと言ってもいいだろう。

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粉ミルクメーカーの責任