「家族なんだから」の呪縛に、鴻上尚史が出した“厳しい結論”とは (2/5) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

AERA dot.

「家族なんだから」の呪縛に、鴻上尚史が出した“厳しい結論”とは

連載「鴻上尚史のほがらか人生相談~息苦しい『世間』を楽に生きる処方箋」

このエントリーをはてなブックマークに追加
dot.#鴻上尚史

 酒蔵は存続してほしいですが、私は正直、兄と一緒に仕事はできません。尊敬できない兄の下ではうまくいかないのはわかっているからです。それにみんな兄のことばかり心配するけど私の人生には興味がないんだなと空しくもなりました。

 ですがこのまま断ったら家族や親戚と険悪になるのはわかりきっています。そういう古い家です。気が重いです。断る罪悪感もあります。私はどこまでこういう家族につきあうべきなのか、決められない、というのが悩みです。

【鴻上さんの答え】A子さんの人生はA子さんのもの

 A子さん。僕には、あなたはもう自分なりの結論を出しているように感じます。ただ、僕に背中を押して欲しいだけなんじゃないかと。

 僕の意見は、決まっています。

「どこまでもなにも、そんな親につきあう必要はまったくない。故郷に帰らなくて、家族や親戚と険悪になってもいい。だって、A子さんの人生は誰のものでもない。A子さんのものなのだから」

 です。

 とても厳しい結論です。だから、A子さんも僕に背中を押して欲しいのだと思います。

 どうして、こういう結論になるか? それは、故郷に帰っても、A子さんが幸せになるとは考えられないからです。

 この連載で、鬱の妹さんについて相談してきた投稿者「農家の長男」さんの場合と同じで、悲しいですが、A子さんの両親は、A子さんの人生より酒造会社を続けることを選んでいます。

 とにかく、今まで続いてきた会社を続けることを至上命題にしています。なぜか? 残念ながら、「所与性」としか考えられません。

 ビジネスとして続けたいのではなく、それが伝統であり、世間の中の自分達の生き方だから続けようとしている、ということです。変化すること、切断すること、中止することを「所与性」は極端に嫌います。

 残酷なことを言えば、続けられればそれでいいのです。続けることが目的なのです。

 それは、これまた残酷な言い方ですが、一種の思考放棄です。ただ、続けることが目的だから、「長男だから跡継ぎ」というなんの根拠もないルールに従ったのです。


トップにもどる dot.オリジナル記事一覧

あわせて読みたい あわせて読みたい