難治がんの記者 この連載を始めるきっかけとなった棋士の“言葉” (2/3) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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難治がんの記者 この連載を始めるきっかけとなった棋士の“言葉”

連載「書かずに死ねるか――「難治がん」と闘う記者」

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野上祐(のがみ・ゆう)/1972年生まれ。96年に朝日新聞に入り、仙台支局、沼津支局、名古屋社会部を経て政治部に。福島総局で次長(デスク)として働いていた2016年1月、がんの疑いを指摘され、翌月手術。現在は抗がん剤治療を受けるなど、闘病中

野上祐(のがみ・ゆう)/1972年生まれ。96年に朝日新聞に入り、仙台支局、沼津支局、名古屋社会部を経て政治部に。福島総局で次長(デスク)として働いていた2016年1月、がんの疑いを指摘され、翌月手術。現在は抗がん剤治療を受けるなど、闘病中

筆者宅にある先崎学九段の著作の一部

筆者宅にある先崎学九段の著作の一部

 ついでに言えば「よりない」は同じ意味の「ほかない」「しかない」に比べて、きっぱりしたニュアンスがある。「か」で息が止められずに一息に言い切る。だから、というのが私の仮説だ。

  ◇
 エッセーをところどころ覚えているのは好みに過ぎない。だが出会いから月日がたち、連載を決意するきっかけの一つになるのだからわからない。

 さかのぼること1年。都内の病院に入院中、ゆくゆくは本にまとめるつもりで連載を始めるつもりはあるか、と打診された。

 はっきり言って体調は良くない。体調に浮き沈みがあっても一定のペースを守り、本1冊分に達するまで生きて書き続けられるか。二の足を踏んだ。

 そのとき頭に浮かんだ幾つかのうちの一つが、先崎九段のエッセー「村山将棋を残す」(『先崎学の浮いたり沈んだり』所収)だった。がんで早世した友人の村山聖九段をしのぶ文章にこんな一節がある。

「将棋指しが残すのは、つまるところ棋譜だけである」

 いったい自分には何が残せるのか。人の心を打ち、政治のあり方を変えるようなインパクトのある文章が書けるとは思えない。

 しかし、と考えた。村山九段を振り返る文章に胸を打たれるのは、彼が病に屈せずに名人の座に挑み続けたからだ。

 だとすれば体調が悪く、困難が大きければ大きいだけ、挑む価値も大きくなるではないか――。

  ◇
 運命は皮肉というほかない。私が連載を決意し、退院した昨年7月。背中を押した先崎九段が入れ替わるように入院するはめになるのだから。

「休場する」というニュースを昨夏見たときから「ひょっとして」とうつ病を疑っていた。今月、新著「うつ病九段」が売り出され、さっそく買い求めた。

 私はうつ病と診断されたことはない。しかし、本に出てくる症状のいくつかは、体が一番しんどかった一昨年暮れからその年明けにかけて、自分も体験したことだった。

 息苦しさや、本を読んでもすぐに集中力が途切れる苦しみ。うつ病患者特有の心理だろうが、この本で彼は繰り返し、周りから「価値がある存在」だと認めてほしかったと書いていた。



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