その申し出を、お寺は受け入れた。阿修羅像の体の中をきちんと把握しておきたい。もっともっと長生きしていただくには大事なことだ、という判断だった。
■CTスキャンで健康診断
その健康診断が実施されたのは、同年夏のことだった。
台の上に立てられた阿修羅像の周りを、X線の照射装置と受像装置が回転し、目に見えない内部を撮影する。それは人間の健康診断とほとんど変わらない「医療行為」だった。
結果はすぐにわかった。「内部に大きなけがなし。健康状態は良好で、治療の必要なし」。二重丸の評価に、お寺の人々も、健康診断を打診した研究者たちも胸をなで下ろしたに違いない。
さて、ここで阿修羅像がどうやって生み出されたかを説明しよう。
(1)木で体の心、骨組みを造る
(2)粘土を盛り付けて、体を肉付けする
(3)漆と布を体に重ねて、外型を造る
(4)外型が固まったら、布を部分的に切り取って「窓」を開け、中の土や骨組みを取り出す
(5)改めて、中に骨組みの心木を入れて、張り子状態の外型が壊れないようにする
(6)切り取った「窓」をふさぎ、表情など細部を漆ペーストで微調整して完成
つまり体の内側に、さして堅固な備えはないのだ。心木と布と漆が微妙なバランスを保っているだけと言っていい。
それがなぜ、1300年も立ち続けられるのか。
健康診断は「極めて良好」という結果だったが、研究者たちの追究はそこで終わらなかった。心木はどんな構造なのか。そもそも、どんな種類の木が使われているのか。粘土の原型はどんな姿だったのか。原型と完成型はどれほど違うのか。テーマは次々に浮かぶ。
先に紹介した『阿修羅像のひみつ』は、解析にあたる研究者のグループと興福寺による、阿修羅像の健康診断報告書だ。ただしこちらは、あくまでも暫定版だ。X線CT調査から9年となる今も、解析が続いている。さらなる秘密の解明が楽しみだ。(朝日新聞編集委員・小滝ちひろ)