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 東京目黒区の船戸結愛ちゃんが父親から暴行を受けたとして死亡した事件をはじめ、虐待で命を落とす子どもが後を絶たない。虐待死事件が発生すると、批判と非難の矢面に立たされるのが児童相談所だ。しかし、向き合う仕事の実態はあまり知られていない。朝日新聞記者・大久保真紀が『ルポ 児童相談所』で明らかにした虐待対応の最前線とは。

*  *  *

「担当を振ろうとすると、最近みな目を伏せるんですよね」

 虐待の初期対応チームのトップを務める課長の上原民子はため息をついた。

 午後6時20分。警察官が16歳の女子高校生を連れて、児童相談所にやってきた。子どもが警察に自ら足を運んで助けを求めたケースだ。

 すでに、30分ほど前には警察から電話連絡が入り、児童相談所は女子高校生を一時保護する方向で動いていた。上原の指示で、女子高校生が暮らす自治体に連絡して家族状況を確認。同時に、本人が通う高校に電話し、それとともに、きょうだいの通う小学校にも連絡して、きょうだいへの虐待の兆候がないかどうかなどについても、職員が手分けして情報収集に動いていた。

 そんな中で、女子高校生本人が児童相談所に到着したのだ。すぐに話を聞かなくてはならない。

 だが、初期対応チームのワーカー(児童福祉司)はみな手がふさがっていた。数日前に一時保護した子どもの保護者と電話で話しているワーカー、一時保護中の別の高校生が通う学校と打ち合わせ中のワーカー、一時保護した子どもの親と面接室で面談中のワーカー……。

「人がいない!!」

 上原は思わず声をあげた。「自分が対応するしかない」と思ったが、数日前に一時保護したケースについて地元の自治体から相談の電話が入ってきてしまった。取り次ぎの職員によると、急いでいるとのことだ。この電話には出ざるをえない。

 電話に手を伸ばそうとしていると、ほかの職員から、受付に「課長に会いたい」と予約なしで来た別の親が待っているとのメモが差し出された。上原は受話器を取りながら、受付の職員に向かって言った。

「いま緊急対応中です。今日は対応することは難しいので、こちらから連絡すると、待っているその親御さんを説得してください」

 複数のケースにわたる、さまざまな対応が同時進行している。初期対応チームはてんてこ舞いだ。

 自治体との電話を終えた上原は、

「だれか彼女(一時保護する女子高校生)のために(夕食用の)弁当を買ってきて!」

と叫び、手の空いていたほかの課の職員と2人で面接室に向かった。

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親とのやりとりに苦労することも…