考えてみれば、先ほどの私のような「疑い」が持たれている患者がいるということだ。本人はどんな気持ちで医師から話を聞く(聞いた)のだろう。ひとごとではない。いつものダジャレが頭をよぎった。
「明日は我が身、明日は野上」
けっこうな取り違えなのに怒らなかったのは、それだけ安心したせいだろう。主治医が恐縮しきっていて怒れなかったこともある。
◇
患者は医者や看護師に対して弱い立場だ。基本的には信頼して身をゆだねるしかない。にもかかわらず、もの申さずにはいられなかったことがある。
一昨年11月に2度目の手術を受けた後の話だ。普通に排便するとおなかに感染するかもしれないということで、へその10センチほど右側に腸の一部を出して人工肛門(こうもん)をつくった。
色と大きさは、大きめの梅干しぐらい。空気が漏れ出す音から、配偶者は「P」と呼ぶ。
ものを食べると、早ければその食事が終わる前に、Pから出始める。おなかに貼り付けた袋にためておき、1日に幾度となくトイレに捨てにいく。
「便」と聞いて思い浮かべる特有のにおいはない。しかし、見た目はゆるい「便」そのものだから、電車の中や人ごみで漏れ出す「事故」が起きたら、パニックになるだろう。当然、表に出かけるときはスペア一式やタオルが手放せない。危なそうなら早めに替える。
睡眠中も神経は休まらない。深夜でも、早朝でもおなかがピクつき、「漏れる!」と暗闇の中で跳び起きることはしょっちゅうだ。
そこまで気をつけていても、すべての「事故」が防げるわけではない。そのため、初めのころは「袋を貼り付けるのに早く慣れてください」と入院先の大学病院でよく言われた。努力が足りないと暗にとがめられているように聞こえる。イライラした。
ある日、好機が訪れた。とあるベテラン看護師が袋を貼り替えてくれることになったのだ。Pの扱いに詳しく、資格を持っているという触れ込みだ。漏れなければ彼女のやり方をまねればいいし、漏れるなら、習熟を求められることもなくなる。どちらにしても好都合だ。
決着はあっけなくついた。「専門家」が貼り付けた袋からは早々に便が漏れて、決壊した。けっきょく正解は見つからなかった。なのに、じわっとうれしさがこみ上げてきたのを覚えている。