スライディングしながら左手で本塁ベースに触れようとする中畑に、ショート・高橋雅裕が中継した返球をキャッチした若菜がミットでタッチに行く。平光清球審のジャッジは「アウト!」

 ところが、若菜の左手にはめられたミットの中に肝心のボールはなく、まだ右の小脇に抱えたまま。明らかに空タッチでセーフなのだが、平光球審からはボールが死角になって見えず、てっきりミットの中にボールが入っていると思い込んでしまったのだ。

 巨人・王貞治監督が抗議したが、判定は変わらず。「三塁ベンチから空タッチに見えた。平光さんは死角にいたから、抗議しようと思ったんだが、あの人はツイてないね」(王監督)

 ちなみに「ツイてない」とは、同審判がつい10日前、7月25日のオールスター第1戦(西武)で、4回に吉村禎章の中前安打を高沢秀昭(ロッテ)のダイレクトキャッチと誤審した一件も含めての所感である。

 一方、若菜はこの日、6回1死二塁で左翼線に逆転の2点タイムリー二塁打を放つなど、攻守にわたってチームの勝利に貢献。空タッチについては、「もう一度やれと言われても無理。実は、中畑にもタッチしていなかったんだ。セーフのコールでも仕方なかったんだ」と一か八かの“演技”だったことを認めた。

 ちなみに翌1988年、若菜に代わって大洋の正捕手になった市川和正も、ハーフスイングを振っていないように見せかける“忍者打法”と死球になったふりの名演技で知られ、“東の市川、西の達川”と並び称された。

●プロフィール
久保田龍雄
1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。

[AERA最新号はこちら]