巨人時代の吉村禎章 (c)朝日新聞社
巨人時代の吉村禎章 (c)朝日新聞社

 各地でオープン戦も真っ盛りだが、懐かしいプロ野球のニュースも求める方も少なくない。こうした要望にお応えすべく、「プロ野球B級ニュース事件簿」シリーズ(日刊スポーツ出版)の著者であるライターの久保田龍雄氏に、80~90年代の“B級ニュース”を振り返ってもらった。今回は「うっかり間違えました編」だ。

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 1980年代に中日西武でリリーフ左腕として活躍した市村則紀は、ドラフト史上最年長の30歳5ヵ月で指名され、中日入団時は子連れルーキーとしても話題を呼んだ。
そんな市村の現役時代で、ファンが最もよく覚えているシーンは、やはり何と言っても、西武時代の“リリーフカー乗り間違え事件”だろう。

 1986年8月23日の日本ハム戦(平和台)、4点リードを守れず、4回に5対5の同点に追いつかれた西武・森祇晶監督は、先発・小野和幸に代えて右下手投げの石井毅をリリーフに送った。

 ところが、リリーフカーに乗ってきたのは、石井ではなく、なぜか市村だった。直後、「ピッチャー・石井」の場内アナウンスを聞いた市村は、ギョッとしてその場に立ちすくんでしまった。

 なぜ、こんな間違いが起きたのか? 実は、次打者が左打ちの津末英明だったことから、左腕の市村はてっきり自分の出番だと勘違いしてしまったのだ。ブルペン担当の黒田正宏コーチも当然市村だと思い込み、「行け」と指示していた。明らかにベンチとブルペンの連絡ミスなのだが、驚愕の表情でスコアボードを振り返る市村の姿は、お茶の間のファンに大受けし、なんと、フジテレビの珍プレー大賞に輝いてしまった。

 ちなみにこの日市村は、西武が6対5と再び勝ち越した直後の6回無死一塁で石井をリリーフ。今度はリリーフカーが故障して動かなくなるアクシデントに見舞われたが、自ら走ってマウンドに向かうと、見事後続を打ち取り、「いい仕事ができました」。いろいろボタンの掛け違いはあったけれど、最後は会心の笑顔で締めくくった。

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久保田龍雄

久保田龍雄

久保田龍雄/1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。

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