その結果、英独仏、北欧などの諸国は概ねその転換を成し遂げたと言ってよいだろう(もちろん、ドイツ以外は、今も苦闘は続けているが)。
こうして生まれ変わった国の特色は、「人を大切にする社会」を目指していることだ。
人が少ない=人は貴重=労働条件は高くて当然という図式が成り立っている。高い労働条件を提示できない企業は淘汰されて当然ということになる。それが先進国なのだ。
■アベノミクスの劇薬と詐欺師の言葉
日本も90年代以降、同様の問題に直面していた。今日の事態はもちろん30年以上前から予見できた。私は、通産省(現経産省)で課長補佐の時(1991年)に、「時短リストラの時代」というレポートを出して、労働時間の短縮が喫緊の課題だと警鐘を鳴らした。このレポートは衆議院予算委員会の総括質疑でも取り上げられ、共産党の不破委員長に褒められて肝を冷やしたことがある(笑)。
しかし、その後の自民党政権と経団連企業は、本来立ち向かうべき課題から逃げ続け、人口減少が確実であるにもかかわらず、それに対する備えを怠った。さらに、現に減少に転じた後も、労働条件を上げるのではなく、請負や派遣を拡大して労働コスト削減で競争力を維持しようとしたのだ。
しかし、それでも日本の基幹産業である電機産業などが韓国、台湾、中国などに連戦連敗で、どうしようもない状況に陥った。そこで繰り出したのがアベノミクスの円安政策だ。これは前述した通り、国際的に見た労働コストを一気に3分の1カットする劇薬だった。
劇薬という意味は、この円安政策で輸入食料品が高騰し、労働者の生活を急激に苦しくするからだ。しかし、それに対して、安倍政権は、「もう少し待てば、賃金が上がります」という詐欺的な言葉で何とか批判を抑え、期待をつないだ。
もちろん、5年待っても実質賃金は上がらなかった。エンゲル係数(家計消費支出に占める飲食費の割合。これが高いほど生活水準は低いと考えられている)が上がったのは、円安政策の当然の帰結で、アベノミクス推進者にとっては、労働者の生活水準の切り下げによる企業利益の確保という展開は予定通りだったと言っても良い。
今後を見ても、2019年に消費税を2%上げれば、消費者物価も1%以上上がる。今までのマイナス4%を取り戻し、さらに増税分も超えて賃金が上がることは考えにくい。そう考えると、安倍首相が自民党総裁に3選されて21年まで首相を務めても、民主党政権下の実質賃金を上回ることはまずありえないという状況だ。