将棋は「二人零和有限確定完全情報ゲーム」です。難しい言葉のようですが、要は偶然や運に左右されない、プレーヤーの実力がそのまま出るゲームのことです。将棋だけでなく囲碁もそうですし、チェスやオセロも同じです。麻雀は牌が伏せられていて、どんなものを持ってくるかわからないので、これには該当しません。
実力がそのまま出るゲームである以上は、いつかは人間がかなわなくなる日が来るはずです。ほかの分野でもコンピューターはどんどん人間の能力を凌駕していましたし、それは将棋界も変わらないはず。
私がこういう考えをするようになったのは、そもそも生まれたときからコンピューターが身近にあったからかもしれません。将棋を覚えた4、5歳の頃には、すでにパソコンの中に将棋ソフトがインストールされていました。年齢によっては、それこそ将棋ソフトをエイリアンのように思う棋士もいるかもしれません。ただ私の世代はそういうことは少ないと思います。
ソフトの強さを実感するようになったのは、07年に渡辺明竜王と大和証券杯特別対局で対戦した「ボナンザ」が登場してからでしょうか。フリーでダウンロードできるこのソフトは本当に強くて、当時将棋会館でも奨励会員が早指しで指したりしていました。プロの一歩手前である奨励会三段がしばしば負かされているのを見て、驚いたものです。私は指さずに横から眺めているだけでしたが、それでも強さは十分にわかりました。
そして12年からプロ棋士と将棋ソフトが戦う「電王戦」が開催されました。初めて現役の男性棋士が敗れたのは13年の第2回電王戦。以後も、プロ棋士はソフトに何度も敗れました。15年の電王戦ファイナルでは3勝2敗と勝ち越しましたが、トータルでは負け越しています。
●ソフトと人間は何が違うのか
ファンとの交流の中で、あるときこんなことを尋ねられました。
「人間とコンピューターの棋風はどう違うんですか?」
そのときは「セオリーを重視するのが人間の将棋。計算に裏打ちされた読みを重視するのがソフトの将棋」と答えました。
みなさんも実生活で、「こうすれば大体うまくいく」という指針をお持ちだと思います。棋士はある形を見たときに、「こうすべき」というセオリーのようなものをたくさん持っています。それによってたくさんの手を切り捨てて、候補手を絞ることができます。経験によって育まれてきたセオリーをたくさん持つことが、その人の強さともいえるでしょう。