趣味はクラシック音楽にファッション、インテリア。その優美な嗜好がこうじて“貴族”の愛称でも知られる (c)朝日新聞社
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 4月1日、将棋界で最も強い男と、最も強い将棋ソフトとの最終対決「電王戦」がいよいよ行われる。対決するのは、2016年に羽生善治氏を破った現名人・佐藤天彦。もう一方は、現役プロ棋士に公の場で初めて勝利した最強ソフト「PONANZA(ポナンザ)」だ。

最強の棋士vs最強の将棋ソフト、どちらに軍配が上がるのか? 佐藤天彦名人が著書『理想を現実にする力』(朝日新書)で、勝負を直前にした心境を明かしている。

●名人対コンピューターの意味

「ああ、ソフトと戦うんだ。大変なことになったな」

 16年12月11日に行われた、第二期叡王戦三番勝負第2局で勝利した私は、第二期電王戦で将棋ソフトのポナンザと二番勝負を行うことになり、大きなニュースとしても扱われました。

 12年からはじまった電王戦では、現役の棋士が何度もソフトに敗れています。そのため、おそらく棋士が負けたというだけでは、もう大きな話題を集めることはないでしょう。では、なぜ私が叡王戦で優勝したことが、こんなに騒がれたのでしょうか。

 それは、棋界の最高峰である名人とコンピューターが、初めて対戦することになったからです。

 これまでの対決に、いわゆるトップ棋士も出場しています。タイトル経験者の屋敷伸之さんや三浦弘行さんが敗れたことは、大きな驚きをもって迎えられました。ただし電王戦に、その時点でのタイトルホルダーが出場したことはありません。それが今回は、棋界最高峰の権威を持つ名人がコンピューターと戦うことになったのですから、その影響は計り知れません。

 将棋界400年の歴史の中で、棋士は常に最強の存在でした。そのことを疑った人は誰もいなかったでしょう。ですが近年、急速に力をつけてきた将棋ソフトが、棋士を脅かすようになっています。

 ファンの中には、「棋士が最強の存在でいてほしい。ソフトに勝ってほしい」と願っていらっしゃる方も多いと思います。

 そういう方にとって、タイトルホルダーがまだソフトと戦っていないことは、一つの希望なのかもしれません。「現役タイトルホルダーならソフトに勝つはずだ」というように。しかし今回、名人である私が、その役目を引き受けることになりました。

●負けるのは仕方がない?

 正直、棋士がコンピューターに負けるのはおかしなことではないと私は思っています。もちろん電王戦では、勝つつもりで全力で戦います。しかしプロになったときから私はすでにそういう考えでした。

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