ムルマンスクに到達した列車旅は、『ディープすぎるユーラシア銃弾鉄道旅行』(KADOKAWA)という本にまとまった。それから3カ月がたとうとしている。いまだ鉄道マニアからの指摘はない。ムルマンスクは最北端駅の地位を保っている。
はじめて北極圏に入ったのは20年以上前だ。夏のカナダだった。イヌイットやインディアンが暮らす小さな村しかない世界だった。しかしムルマンスクは戸惑うほどに都会だった。サンクトペテルブルクから北に1439キロ、列車で26時間半という距離だというのに、街にはホテルが何軒もあり、トロリーバスまで走っていた。北極圏では最大の都市なのだ。駅前には最北のマクドナルドもある。
街の歴史は港が支えてきた。海流の関係で凍らない港は、軍港として存在感をもっていく。第2次大戦では、連合国側の物資の補給基地だった。ナチス・ドイツからの激しい攻撃にもさらされた。大戦後も海軍の基地として急速に発展する。
しかしソ連崩壊後は一気に衰退していく。軍事産業が支えた街は、自由という波のなかで、北極圏という地の利の悪さを露呈していったのだ。発着する列車も少ない駅舎のなかを彩るステンドグラスからは寂しささえ漂ってくる。
下川裕治(しもかわ・ゆうじ)
1954年生まれ。アジアや沖縄を中心に著書多数。ネット配信の連載は「クリックディープ旅」(隔週)、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週)、「東南アジア全鉄道走破の旅」(隔週)、「タビノート」(毎月)など