千葉県・成田市。田畑と小さな工場が並ぶのどかな郊外に、タイの寺院はある。鮮やかな青い瓦と、きらびやかな黄金色の組み合わせは、まさにタイの寺そのものだ。
中に入ってみると、タイ人僧侶と、仏式の白装束に身を包んだタイ人のご婦人が座っていた。来日して27年になるというティパクンさんは、福岡から来たという。
「誕生日だから、お寺でお祈りをしたくて」(ティパクンさん)
タイ人は敬虔(けいけん)な仏教徒だ。誕生日など人生の節目には、寺で過ごす人も多い。ティパクンさんはもともと日本へは留学に来たが、学校で日本人のご主人と出会い結婚、そのまま日本に住むことになったという。彼女のようなタイ人が、寺をひんぱんに訪れる。
4万5000人の在日タイ人社会。茨城、千葉を中心に、東京や神奈川、愛知など、日本の各地に根を下ろした彼らの生活の中心であり、よりどころのひとつが、ここ、ワット・パクナムだ。日本にタイ寺院はいくつもあるが、その中で最も立派なのがこの寺院だ。常に5人のタイ人僧侶がおり、やってくるタイ人たちに説法をする。タイ人の人生に仏教は欠かせない。
来日して3年になるという僧侶のパラー・ラチャウィテートさんは「このワット・パクナムができて15年になります」と語る。本院はタイ・バンコクの近郊トンブリーにある。昔から日本の仏教界との交流が深く、各地の寺で僧が互いに行き来していたそうだ。1967年に、本院の住職であるソムデット師が日本を訪ねたことをきっかけに、在日タイ人の心の支えを建立する動きがはじまった。タイ人や日本人から寄付を集め、1996年にようやく土地を購入。それから本堂の建設や周囲の敷地の整備が進められてきた。
以来、日本で暮らすタイ人たちを見守り続けている。仏教の儀式やタイ正月のときは多くのタイ人でにぎわう。「なにもない日でも誰かがやってきます。タイ料理を持ち寄ったりしてね」と話すのは、茨城から訪れたというモントリーさん。日本で暮らして25年、やはり留学中に日本人の奥さんと出会った。
同じく茨城に住んでいるというワラポンさんは来日30年。もともとツアーガイドで、日本人のご主人がタイ旅行に来たことが縁で結婚した。
最近ではワラポンさんやモントリーさんのように、結婚して日本にすっかり根づいたタイ人の方が多くなっている。一方、タイで暮らす日本人も6万5000人を越え、互いに旅行者も多い。両国の関係はこれ以上ないほど親密だ。毎年5月、東京・代々木で行われるタイ・フェスティバルは、今では30万人が押し寄せる巨大イベントとなった。タイ料理は日本で、和食はタイで、それぞれ親しまれている。
ワット・パクナムを軸にした仏教界の親交も盛んで、これまでにのべ300人ほどのタイ人僧侶が訪れている。かつてソムデット師が来日時に旅したコースをたどるのが人気なのだとか。高野山で修行したタイ人僧侶もいたという。
両国の蜜月はいま2世、3世の時代に入っている。「子供はタイ語ほとんど話せないね。お寺にも来ないから困るよ(笑)」(モントリーさん)
そんなハーフ世代が、学校を出るとタイで就職するケースが増えているという。日本語を操れる人材であれば、日本で就職するよりも、タイに進出している日系企業で働くほうが、給料が高いことがある。低迷から抜け出せず、賃金の上がらない日本よりも、タイは将来を描きやすいともいえる。タイ人が日本で不法就労する時代もあったが、いまや関係は逆転しつつあるのかもしれない。
ワット・パクナムはテレビなどで何度か紹介されたこともあり、日本人の観光客がふらりと訪れることもあるそうだ。そんな人たちでも、その場にいる誰かが歓待をしてくれる。お堂に入って本尊と対面すれば、心が洗われ、「日本人にも親しんでもらえるように」と完備されたさい銭箱と鈴に、親しみと温かさを感じる。
すっかり定着した両国の友好関係を、ワット・パクナムは示しているようだ。(文・写真/室橋裕和)