庭園風サラダは2011年の開店以来のメニューだ。
「開店した当時は星も予算もなく、それまで副料理長として働いていた(仏料理の巨匠)アラン・デュカスのパリの三つ星店のように高級素材ばかりを使うわけにもいかなかった。そこで、いい野菜を使って何かできないかと考えてみました。新鮮で旬な野菜はトリュフみたいに高くはないけど、工夫次第でいいものに仕上げることができる」
ムースには、アンチョビやマヨネーズ、レモン、バジルオイル、トマトベースのドレッシングなど、5種類のソースが組み合わされている。
「ニンジンだって、採れてからどれだけ時間が経っているか、水や甘みをどれほど含んでいるかで、料理の仕方が変わってくる。けっこう難しい一品なんです」(小林さん)
客が帰るときには顔を出し、感謝を伝える。客の表情から満足したことが読み取れれば、それが喜びになる。
この日、小林さんが厨房で見せていた表情は対照的だった。1メートル四方の調理台に料理長として陣取り、肉料理のシェフ、付け合わせ担当のシェフに「2分後だ」と告げる。ライトに照らされた料理皿に集まったシェフが、炭火で焼いた小バトのロースト、リンゴのコンフィにハトの肝臓のペーストを持ち寄り、同時に盛り付けていく。まるで手術台に向かう医師団のような緊張感だった。小林さんが言う。
「シェフというのはオーケストラの指揮者のようなものです」
11人の料理人を率いて、客に最善のタイミングで、最善の料理を出す。30席の客は来店時間も異なれば、食事を進めるペースも違う。
「三つ星のすごさの一つは、タイミングにある。料理はできたてが一番おいしい。62度に温めてあるお皿もだんだん冷えていく。でも、出すのが早すぎてもいけない。給仕と厨房のせめぎ合いを調整するのが自分の役割の一つです」(小林さん)
仕入れた素材に納得できなければ業者に突き返し、厨房でミスがあれば容赦なく怒る。人手が足りなければ、自らスズキを切ったり、ニョッキをゆでたりと、長さ10メートルほどの調理場でリズムが滞りなく紡がれるよう、目を光らせる。1回のランチだけでも、調理場で作る料理は500皿に及ぶ。全ての皿は必ず小林さんの前を通る。