その後、井上さんからの連絡によれば、件の貸切列車は滞りなく運行され存分に楽しまれたようだ。しかし、

「運行の1週間ぐらい前に、タイ国鉄から『(今回の乗客に)入国後14日以内の日本人はいないか?』との確認があったんです。そのうえで、当日はパスポートを持参するように言われましてね。もっとも、実際には入国日のチェックまではなかったのですが……」

 などと、いささかナーバスな場面もあったという。

 貸切列車については、「またやりましょう!」ということになったが、現地の状況はさらに難しくなっているらしい。ひとつには感染者数がここにきて急増したことが挙げられるが、それが日本人をはじめ外国人に対する警戒感につながっているようなのである。

 また、井上さんからの最新情報によれば、タイ入国に際し『非感染証明書』が求められるようになった。この書類は日本では取得できないため、事実上日本からの入国ができないことになった。

 こうした状況のなか、日本人や中国人観光客らの姿を街中で見かけることはほとんどなくなったともいう。さらに日本から帰国したタイ人発症者が何人か発生していることも警戒に拍車をかけているらしい。

「私たち駐在員は旅行者とは状況が異なるのですが、私たちが日本で外国人と会って旅行者か駐在員か区別がつかないのと同様に、タイ人だってそんな区別はつけられないんですよね。『私はタイに4年住んでいて、ここ数カ月は日本に行ったことがないですよ』とタイ語で話してあげると、急にタイ人の顔が和むのがわかるほどです」(井上さん)

 以上が今回の「取材」をめぐる顛末だが、警戒心や恐怖感などは仕方がないにしても、それがエスカレートすると、このままでは経済や文化交流はそのダメージを広げてゆくだけなのではないかと心配になってくる。一方で、こうした厳しい状況のなか、丁寧な接客対応とともに100%の払い戻しをしてくれた航空会社には感謝の意を伝えるとともにエールを送りたい。そして、世界中で知恵と勇気を出し合ってこの新たな疾病と対峙していくことを、なににも増して期待したいと思う。(文・植村誠)

植村 誠(うえむら・まこと)/国内外を問わず、鉄道をはじめのりものを楽しむ旅をテーマに取材・執筆中。近年は東南アジアを重点的に散策している。主な著書に『ワンテーマ指さし会話 韓国×鉄道』(情報センター出版局)、『ボートで東京湾を遊びつくす!』(情報センター出版局・共著)、『絶対この季節に乗りたい鉄道の旅』(東京書籍・共著)など。