1月8日に開幕した将棋の王将戦。藤井聡太王将に、勝てばタイトル通算100期目となる羽生善治九段が挑戦する夢の対決。第1局は藤井が先勝し白星を先行させた。現在1勝2敗の羽生は先手番の第4局で勝ち、再びタイに持ち込めるか。
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「そういう手筋があるんですね。いやあ、全然気がつきませんでした」
終局後、対局を振り返って検討する感想戦において、羽生善治九段は、いかにも愉快そうに笑った。相手の藤井聡太王将は黙ったまま、神妙な顔つきで駒を進める。将棋に詳しくない人が結果を知らず、ほがらかに笑う羽生の姿を見れば、勝ったのは羽生だと思っても、不思議はなさそうだ。
王将位防衛を目指すのは、八大タイトルのうち五冠を保持し、20歳の若さにして将棋界の頂点に立つ藤井王将。挑戦するのは過去に史上最多99期のタイトルを獲得し、通算100期目を期待され続けている羽生九段。
将棋史を代表するスーパースター二人がタイトル戦で初めて相まみえ、社会的な注目を集める今期王将戦七番勝負。
藤井1勝、羽生1勝のあとで迎えた第3局は1月28、29日、石川県金沢市でおこなわれた。結果は95手で、藤井の勝ちだった。
「どういう構想で指すのかが、非常に難しくて。わからないところの多い将棋だったかなというふうに感じています」
「成算のないまま進めていたという感じです」
局後の藤井からはそうした言葉が聞かれた。勝ったあとでも、藤井は常に謙虚だ。しかし発する言葉は敗者を気遣う建前というわけでもなく、本音に近いのだろう。
「藤井曲線」
将棋ファンの間ではいつしか、そんな言葉が使われるようになった。コンピューター将棋ソフト(AI)が示す評価値をグラフ化すると、藤井有利を示すなだらかな線が少しずつ上に向かってあがっていき、最終的にはそのまま上限値、すなわち藤井勝ちに至る。これが藤井曲線だ。
強い者同士が指せば、序盤はおおむね互角に推移していく。そうした中で、観戦者や相手の対局者、あるいはもしかしたら藤井自身にもよくわからないところで、藤井はわずかにポイントを稼いでいる。少しずつ差を広げ、やがて目に見える形で優勢が明らかになったあとも誤ることはない。藤井だけでなく、相手もほとんど悪手のないまま、終局を迎える。