指導した北島康介選手、萩野公介選手が、計五つの五輪金メダルを獲得している平井伯昌・競泳日本代表ヘッドコーチ。連載「金メダルへのコーチング」で選手を好成績へ導く、練習の裏側を明かす。第25回は、五輪本番で選手にかけた言葉について。
【写真】北京五輪でハンセンとダーレオーエンに祝福される北島康介
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コーチングの仕上げといえる五輪本番で、レースに向かう選手にどんな言葉をかけるか。不安や迷いが生まれないように、勝利が確信できる言葉を選びます。
「勇気を持って、ゆっくり行け」。2008年8月、北島康介が58秒91の世界新で2連覇を遂げた北京五輪男子100メートル平泳ぎ決勝の前に、伝えた言葉です。
前々回に書いたアレクサンドル・ダーレオーエン(ノルウェー)らとの激戦を制し、直後のインタビューで北島が「何も言えねえ」と感極まった場面を覚えている方も多いでしょう。
準決勝は勢いのあるダーレオーエンがブレンダン・ハンセン(米)の持つ世界記録に0秒03と迫る59秒16でトップ。スタートを失敗した北島は59秒55で2位通過でした。
それでも焦りはありませんでした。前年の秋から続けた腕のかきの強化が実を結び、五輪前の練習で58秒台の世界新を出す手応えをつかんでいました。
決勝前、まずこれまでの歩みを話しました。教え始めた中学2年から、100メートルで前半から突っ込めとか、200メートルでストローク数を減らせとか、指導のほとんどは「勇気を持て」ということだった。200メートルでテンポを落としてあれだけ伸びる泳ぎは、スピードが落ちるのが怖くて普通はできないぞ。そんな難しい課題を乗り越えて、ここまで来たんじゃないか、と。
さらに「ゆっくりかいても速い」というトレーニングの成果が出ていることを話しました。北京五輪の目標は100メートルと200メートルで世界新を出して2連覇を果たすこと。そのためにキック中心だった泳ぎから腕のかきを強化して、「四輪駆動」を目指しました。