五輪前年までは手を内側にかきこむときに急激に力を入れて加速していました。それを必要な力を水に当てながら大きくかく泳ぎに変えました。肩甲骨をうまく連動させて背中の大きな筋肉を使って水をとらえることができるので、ゆっくりかいても進むのです。
五輪代表選考会の4月の日本選手権は200メートルで自己の日本記録を5年ぶりに更新し、高速水着と言われたレーザー・レーサーを着た6月のジャパンオープンでは200メートルで史上初めて2分8秒を切る2分7秒51の世界新を出しました。
その後の高地合宿で100メートルでも背中を大きく使えるように、早くかきすぎず水をしっかりとらえるトレーニングができている。だから勇気を持って、ゆっくり行け。
決勝のシミュレーションも伝えました。スタートしたら前に出ていて、50メートルはほぼ同時。ターンして浮き上がったら前に出る。接戦になるけれどリードを保てるから、絶対にテンポを上げるな──。
想定通り、決勝で北島は「大きく大きく」と思いながら泳ぎ、ターン後もあわてない。残り15メートルのコースロープの印が見えたとき、「こんなに楽なのにもう85メートルまで来たのか」と思ったそうです。
北島は今年の週刊朝日のインタビューで北京五輪の「勇気を持って──」のアドバイスについて聞かれ、「あの一言で、肩がすっと落ちた。一つの言葉で泳ぎが変わった。自分のベストレース」と振り返っています。私にとっても北島の度胸の良さと冷静さが強く印象に残るレースでした。(構成/本誌・堀井正明)
※週刊朝日 2020年7月3日号