「八回くらいから、また最後の打者になるんじゃないかと思っていました」
星稜の5番打者・知田爽汰は試合後の取材でそう言って笑った。
8月15日に行われた2020年甲子園高校野球交流試合の履正社対星稜は、昨夏の選手権大会決勝と同じカード。知田はその試合、3番打者として臨み、2点を追う九回1死一、二塁、履正社の同い年の投手・岩崎竣典のカットボールを引っかけ併殺打。最後の打者になった。
「あの時のことは今も忘れていません。一打同点の場面で、俺が決めてやろうという気持ちが強すぎて、3年生たちの夏を終わらせてしまった」
その後、何度も動画サイトYouTubeに上がる自身の併殺打のシーンを見返した。来年こそは——。
しかし、新型コロナウイルスの影響で一度は甲子園の夢が断たれる。それでも、動画を見ることは忘れなかった。「あの悔しさを忘れないために」自粛期間中にも見続けて、モチベーションを保った。
そして、交流試合開催の吉報。しかも、相手はその履正社。岩崎がエースナンバーを背負っていた。
「対戦が決まってから、ずっとワクワクしていました」と知田は言うが、試合は予想に反して一方的な展開に。知田も「序盤は力みがあった」と言う通り、3打席凡退。
七回の攻撃が8番打者で終わった時、知田は予感めいたものを覚えていた。八、九回も3人ずつで終わってしまえば、最後の打者は知田だ。
「正直、昨年のシーンがよぎりました。でも今年のほうが心に余裕があったし、絶対に(岩崎から)打ちたかった」
冒頭の予感通り、九回2死、“最後の打者”の場面で知田に打席が回る。フルカウントから内角の直球を振り抜いた。右前安打となり、一塁ベース上で知田は白い歯を見せた。
「点差もあって、それまでの打席よりリラックスできていたのがよかったのかも」
昨夏の決勝後の取材で知田は、「今日だけは(チームのテーマ)“必笑”を守れなかった。来年こそは笑って終わりたい」と語っていた。今年は笑って終われたか聞くと、
「負けてしまったけど、強い相手とまた甲子園で戦えて、持てる力を全て出せた。だから、笑えます」
そう言って胸を張った。
(本誌・秦正理)
※週刊朝日オンライン限定記事