たとえば前述の「声質」の分析を思い出してみよう。検温の説明場面(看護師は話すことに集中する)では、声質に変化は起きなかった。しかし、脈拍を伝える場面(脈拍の数字を確認する、測定器を操作する、などの動作が付随)では、声質が低下した。つまり、自分が何に意識を向けているかによって、自然と話し方が変わるのだ。

 一方、フィードバック効果には懸念点もある。

「実験では、いつもは着けていないマスクを着けたということで、発話者が無自覚に明瞭に話すよう『切り替え』が起きたのだと考えられます。しかしそうであるのならば、マスク着用が当たり前になったいま、その存在を意識することもなくなり、フィードバック効果も薄れていくのではないか。新しい会話のあり方を考える必要があると思います」(同)

 耳の聞こえとコロナ禍の関係は深い。たとえば難聴の人は相手の口の動きを見て発話内容を判断することがある。「口話」と呼ばれる技術で、とくに先天性の難聴を持つ人は無意識のうちに身につけていることも多い。加齢性難聴の場合でも、相手がマスクを着けていると、口の動きが見えず、聞き取りに困ってしまうケースはある。

「耳の聞こえが悪い患者さんには、難しいとは思いつつも、どうしても耳元に近づいて話さざるをえないこともあります」(同)

 新しい日常において、耳の聞こえに困っている人とどう接するか。せめてマスクを着けている自分の声は相手にとって聞きづらいものである、という意識は忘れずにおきたい。(文・白石圭)