理化学研究所脳科学総合研究センターが脳科学から棋士の「直観力」を調査。その精度の差がプロとアマチュアの違いだった。だが研究から10年、将棋界はAI時代に突入。プロといえどもAIに勝てなくなった今、注目されるのは人の憧れや尊敬の感情だ。AERA 2020年10月5日号から。
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1940年代にオランダの心理学者が、チェスを用いて世界的なグランドマスターとアマチュア上級者の思考を比較した実験で、棋力の差が直観力の精度であることが報告されており、理化学研究所脳科学総合研究センターの調査はこれを脳科学で裏付けたことになる。たとえば、81マスある将棋は1手につき80種類の自由度があるが、人間が80手全部を調べることは不可能だ。だから直観で三つぐらいの候補手を選んで分析するが、その中に最善手がなければいつまで経っても最善手にはたどりつかない。
これは即ち、糸谷哲郎八段も話す「読まずに切る」能力に他ならない。
この能力はいかにして身につくのか。エキスパート研究の第一人者、アンダース・エリクソンがチェスや音楽家を対象に行った調査で、プロになるためには1日3~4時間の集中したトレーニングを10年間、計1万時間が必要という理論を導き出している。
■5×5マスで3カ月「実験」
これについて東海大学情報通信学部の特任講師、中谷裕教さん(47)さんはこう付け加える。
「5×5マスの小さな将棋盤バージョンで3カ月トレーニングしてもらう実験を行ったところ、プロと似たような脳活動になるというデータが出た。熟練者は生まれつきではなく、トレーニングによって身につけた経験や知識で判断しています。この際、いいお手本を見て『正しい知識』を身につけることが最も重要なポイントになります」
こうしたプロ棋士の「直観力」や優れた認知機能については、中谷さんらの共著による『「次の一手」はどう決まるか 棋士の直観と脳科学』(勁草書房)に詳しい。しかし、これらの基になった理研の調査から約10年、将棋などボードゲームを取り巻く環境は大きく変わった。トッププロといえど誰一人AIに勝てなくなったのだ。理研の調査の後、東京大学大学院総合文化研究科で助教の職に就いた中谷さんにも迷いが生じたという。