おおたわ史絵/総合内科専門医。法務省矯正局医師。東京女子医科大学卒業。大学病院、救命救急センター、地域開業医を経て現職。著書に『母を捨てるということ』(朝日新聞出版)など(撮影/写真部・掛祥葉子)
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 娘に異常に執着する親子関係を綴った『母を捨てるということ』。その著者で医師のおおたわ史絵さんが、AERA 2020年10月19日号で自身の経験から新しい人生の始め方を語る。

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 私は母のことを毒母と思っていませんし、虐待とも感じていません。大人になってみればわが家はいびつだったと思いますが、子どもは実母以外の親を知らないのですから、私も親を信じて生きていくしかありませんでした。

 大人になって視野が広がり、自分が母親からされたことが見えてくると、怒りや憎しみが噴出するのは当然です。それは、何より親だからです。関係のない第三者なら距離を取ればいいだけですが、親だからこそ、殺したいほどの衝動さえ生まれるわけです。

 私は親を許す必要はないと思いますが、親への怒りにがんじがらめになってしまうのは、人生の使い方として非常にもったいないと思います。

 私自身、母親が死んだことで呪縛のようなものがすべて、嘘のように晴れる瞬間を体験しました。死んだ時から、音の聞こえ方や空気の色までが、まるで違ったのです。人生はあなたが思っているより、もっと軽くて透き通ったものです。ですから、それを感じる瞬間まで、苦しいとは思いますが、自暴自棄にならず、ちゃんと自分の足で歩いて生きてほしいと思います。

 私自身の救いは、父親が十分な愛情をくれたことでした。「おまえはパパの子だから、大丈夫だよ」という言葉は、大きな支えでした。そして結婚も、私には大事な救いとなりました。

 他の親がどんな親かはわからないのですから、ありもしない親の虚像を追いかけるのではなく、そろそろ、親と絡み合った人生の外に出てみませんか? そこから、自分の人生が始まります。決めるのは、あなた自身です。(構成/ノンフィクション作家・黒川祥子)

AERA 2020年10月19日号

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