グループ展を観たあと、ミナミに出た。道頓堀界隈(かいわい)は今年のはじめまでの、インバウンドでごった返していたころが嘘のように閑散としていた。
「なに、食べよ。牛丼? まわる鮨?」「ちょっと待て。ごちそうしたるというたんはそれか」「だって、もったいないもん」「鰻(うなぎ)やな。鰻を食お」「鰻の場合はピヨコちゃんが奢(おご)ります」
──で、宗右衛門町の鰻屋に入った。わたしは鰻重、よめはんは鰻巻(うま)き御膳を注文する。いつもよめはんの料理のほうが高いのはなぜだろう。
鰻のあと、近くのカラオケ店に行った。次の週末に東京から編集者が来て飲む約束があり、よめはんも参加するから、ふたりで二次会の歌のお稽古をしておかないといけない。
わたしは前々から習得したいと思っていた宮本浩次の『冬の花』を歌った。めちゃくちゃキーが高い。つづけて二回も歌ったら酸欠で目眩(めまい)がし、聴くに堪えない、とよめはんにリモコンを取りあげられた。この齢(とし)で新しい歌を憶(おぼ)えるのはよほどの覚悟が要る。
しかしながら、次の週末にそなえてなにか新曲を披露したいとよめはんにいい、吉幾三と川中美幸の『出張物語』を練習することにした。セリフの多いコミックソングだから巧(うま)いヘタは関係ない。よめはんもノリがいいから、デュエット曲をいっぱい歌い、家に帰って仕事部屋にあがると、オカメインコのマキが飛んできて、どこで遊んでたんや、と怒った。マキはお歌が好きで、お留守番が大嫌いだ。
黒川博行(くろかわ・ひろゆき)/1949年生まれ、大阪府在住。86年に「キャッツアイころがった」でサントリーミステリー大賞、96年に「カウント・プラン」で日本推理作家協会賞、2014年に『破門』で直木賞。放し飼いにしているオカメインコのマキをこよなく愛する
※週刊朝日 2020年11月27日号