黒川博行・作家 (c)朝日新聞社
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※写真はイメージです (GettyImages)
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 ギャンブル好きで知られる直木賞作家・黒川博行氏の連載『出たとこ勝負』。今回は、カラオケの練習について。

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 土曜日、よめはんが仕事部屋に来た。なぜかしらん、にこやかな顔をしている。怪しい。
「はい、なんですか」「いいとこに連れてったげる」「映画ですか」「ちがいます」「お食事ですか」「それもあります」「いったい、どこに拉致されるんでしょう」「展覧会です」

 わるい予感があたった。大阪市内でよめはんの知り合いが洋画のグループ展をしているという。

「はいはい、支度して。展覧会を観(み)たらごちそうしたげるから」「おれ、××展とか知らんぞ」「前にわたしの個展を観にきてくれたひとが出品してます。そのお返しをせんとあかんのです」

 否も応もない。着替えをして、お化粧もして、よめはんのお供をした。

 グループ展は正直、退屈だった。どの作品もデッサン、構成、色感がいまひとつでオリジナリティーに乏しい。デッサンでいちばんむずかしいのは人物画だが、着衣の下でモデルの手足や骨格がどうなっているのか想像できないほどプロポーションの崩れている絵が多かった。風景画、静物画、抽象画にもアートを感じなかった。

 よめはんが日本画を描いているので、日本画の展覧会にときどき行く。日展、院展、創画会が公募する団体展には観るべきものがあるが、それも九〇年代あたりまでの作品群に比べると、全体に質が落ちているような気がする。三団体とも大型新人が出現せず、その団体の偉い先生に似た“偉い先生風”の作品が多く入選するという噂(うわさ)を耳にすることもある(この“家元制度”とでもいうべき某団体展の旧弊は『蒼煌』という自作に書いたし、入選の事前配分“上納金システム”を朝日新聞がスクープして騒動になった)。筆に絵具(えのぐ)をつけて布や紙に描く絵は、何百年とつづいてきた究極のアナログであり、そのアナログで画家が食っていくのはほんとうにむずかしいとわたしは思う。

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